「モデル？」と言われてたが誕生シーンには出てこず　『あんぱん』アンパンマン＝千尋と確定する日は来るのか

やなせさんはアンパンマンに弟を重ねていた？

『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんとその妻の暢（のぶ）さんをモデルにした2025年前期のNHK連続テレビ小説『あんぱん』第24週「あんぱんまん誕生」第120話では、ついに「顔があんぱん」になっている現在の「アンパンマン」が生まれました。

　自分の顔を食べさせるという文字通り「身を削る」ヒーロー誕生には、重病にもかかわらず「柳井嵩（演：北村匠海）」と「のぶ（演：今田美桜）」を勇気付けに東京までやってきた、「高知新報」時代の上司「東海林明（演：津田健次郎）」の最期の姿も大きく関わっています。自分たちのために「命を削った」東海林の死を知った後、嵩がついにアンパンマンを生み出す場面は大きな感動を呼びました。

　ただ、一部の視聴者からは「アンパンマン誕生の場面に千尋が出てこなかった」「アンパンマンのモデルって千尋じゃなかったの？」といった声も出ています。どうやら、アンパンマンのモデルは太平洋戦争で戦死した嵩の弟「柳井千尋（演：中沢元紀）」で、アンパンマンが生まれるときには嵩が千尋のことを想う場面がある、と期待していた人も多いようです。

　千尋がアンパンマンのモデルであるという説には、やなせさんのいくつかの発言が関わっていると思われます。文武両道に優れて京都帝国大学法学部を卒業し、戦時中は海軍に所属していた弟の柳瀬千尋さんは、特別任務に向かう途中、フィリピンのバシー沖で乗っていた輸送船が沈められ、22歳の若さで亡くなりました。やなせさんはさまざまな本で、弟とアンパンマンについて語っています。

『アンパンマン伝説』（フレーベル館）という本のなかでは、やなせさんは現在の顔があんぱんのアンパンマンを描き始めたとき、千尋さんを思い出して「なにか不思議ななつかしさをおぼえた」ことを振り返っていました。別の自伝『人生なんて夢だけど』（フレーベル館）では、やなせさんは「（弟の千尋は）幼年時代はコンパスで描いたような丸顔でした。アンパンマンの顔を描くとき、どこか弟に似ているところがあって、胸がキュンと切なくなります」と書いています。

　また、NHK財団が運営するWebサイト「ステラnet」に掲載された、やなせさんの元秘書の越尾正子さん（現：株式会社やなせスタジオ代表取締役）のインタビューでも、越尾さんはやなせさんが「アンパンマンを描いていくうちに自然に弟の千尋に似てきた」と語っていたことを明かしていました。

　そして、『あんぱん』の脚本を担当している中園ミホさんも、「週刊文春 2025年9月11日号」（文藝春秋）に掲載されたインタビューのなかで、各登場人物に『アンパンマン』のキャラクターを当てはめていること、千尋はアンパンマンをイメージして書いていたことを語っています。SNSでは「千尋は『しょくぱんまん』ではないか」という声もありましたが、しょくぱんまんはのぶの亡き前夫「若松次郎（演：中島歩）」のモデルだそうです。

　やはり中園さんも、やなせさんの言葉を踏まえて「アンパンマンのモデルは千尋」として物語を書いていたと思われます。だからこそ、『あんぱん』第54話で嵩とふたりきりで話をした千尋が、「なんのために生まれて 何をして生きるがか、分からんまま終わるらあて、そんながは嫌じゃ」と、アニメ『それいけ!アンパンマン』の主題歌「アンパンマンのマーチ」の歌詞につながるセリフを言う場面も生まれたのでしょう。

　嵩がまだ普通のおじさんの姿だったアンパンマンの物語を作ることを決意した『あんぱん』第115話では、終戦記念日に黙とうをするなかで彼が千尋の姿を思い浮かべる場面も描かれています。ただ、前述のように現在のアンパンマンが生まれた記念すべき第120話では、千尋の回想シーンすら流れませんでした。

　ちなみに、東海林のモデルであるやなせさんと暢さんの元上司、青山茂さんは絵本『あんぱんまん』（1973年）発売の8年後の1981年まで生きており、病気の状態でやなせさんたちに会いに来たという記録もありません。

『あんぱん』完結まで残り6話しかないなかで、物語がどこまで描かれるのかは不明です。ただ、嵩がアンパンマンと千尋をはっきり重ねる場面があるとしたら、1988年に『それいけ!アンパンマン』の放送が始まる前、嵩が「アンパンマンのマーチ」の歌詞を考えるときの可能性が高いでしょう。

　単に54話の回想が流れるだけでなく、千尋の新規の場面もあるかもしれせん。楽しみに待ちましょう。