『ガンダムX』が問いかける「ニュータイプ」の矛盾 30周年に考える「つながる力」の光と闇
大量殺戮と「心のつながり」の象徴

『GX』でのニュータイプは、「大量殺戮兵器」と「心のつながり」という、ふたつの面が強調されているのが特徴です。
主人公機であるガンダムXは一撃でスペースコロニーを破壊する力を持つ「サテライトキャノン」を装備しているだけでなく、また、ニュータイプ能力を増幅する「フラッシュシステム」を使用することにより、ガンダムXと同等の性能を持つ「GXビット」を最大12機運用可能となり、合計13基のサテライトキャノンの同時発射が可能となっています。
作中に登場するニュータイプの少女「ティファ・アディール」(CV:かないみか)は、人間だけでなく動物とも心を交わすほど高い共感能力を持ちますが、サテライトキャノンによる大量殺戮が行われた際は、多数の断末魔が心に流れ込むという苦痛を味わいました。
心を交わせる存在が、殺戮の主役たり得るのか。人の心はそこまで残忍になれるのか。そもそも耐えられるのか。この矛盾に真っ向から切り込んだのが『ガンダムX』ではないでしょうか。
最終局面において、ファーストニュータイプ「D.O.M.E.」は「ニュータイプが人類の革新というのは幻想に過ぎない」と、ニュータイプの概念を否定し、たまたま能力を持って生まれた人間に過ぎないと定義します。特別な力を持たなくても意志をもって進むことが未来を切り開く力だと語り、主人公であるガロード・ランの生きざまを肯定し、「ニュータイプ」という言葉の終焉を宣言しました。
もちろん異論をお持ちの方もいると思いますが、「概念」だけでは何も為しえず、行動のみが結果を生むのは、現実世界においても変わりません。
現代社会はインターネットにより、本来出会わないはずの人と人がつながり、善意も悪意も簡単に増幅される社会となりました。いわば現代人は「疑似的なニュータイプ環境」に身を置いていると言えなくもありません。
時には暴力にもなり得る「つながる力」に振り回されないようにするにはどうすればいいのか。その答えのひとつが、『ガンダムX』のなかにあるのかもしれません。
(早川清一朗)



