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劇場アニメ『はだしのゲン』 原爆投下を克明に描写した、原作者とスタッフの熱意

スローモーションで描かれた原爆投下の瞬間

マンガ『はだしのゲン』文庫版1巻(中央公論新社)
マンガ『はだしのゲン』文庫版1巻(中央公論新社)

 原爆投下の瞬間が、アニメーション表現ならではのスローモーションシーンとして再現されています。思わず息を呑んでしまいます。米軍の爆撃機から投下された原爆が広島市上空で閃光を放ち、その輝きを目撃した市民は瞬く間に溶解していきます。広島県産業奨励館(現在の原爆ドーム)、広島城の天守閣も一瞬にして吹き飛びます。そして、悪魔のように不気味なキノコ雲が広島市の空を黒く覆ってしまうのです。

 学校のコンクリート塀に守られたゲンは、辛うじて命拾いします。街は炎上しており、ゲンは家に残っている家族の安否を確かめるために走ります。その過程では、原作マンガでいちばん強烈なインパクトを与えた、全身の皮膚がめくれてた人たちがぞろぞろと歩く姿も描かれています。熱に苦しみ、防火用の水槽に入ったまま炭になった母子の遺体も、ゲンは目撃することになります。

 広島市が炎上するシーンは、生き地獄としか言いようがありません。さらには生き残った人たちも苦しめる「黒い雨」が、ゲンたちの頭上に降り注ぎます。気軽には観ることができない、トラウマ級の場面が続きます。でも、制作スタッフは単にグロテスクな残酷描写にはならないように最大限に配慮しつつ、原爆の恐ろしさを克明に伝えようとしていることがひしひしと感じられます。

戦時中の体験がフラッシュバックする過酷な作業

 劇場アニメ『はだしのゲン』では製作と脚本を兼任した中沢氏ですが、マンガ家になった当初は「原爆」をテーマにした作品を描く気はなかったそうです。できるものなら、忘れたい過去だったのです。でも、中沢氏とともに戦火を生き延びた最愛の母・キヨミさんが1966年に亡くなったことから、原爆に対する怒りに正面から向き合うようになります。原爆を扱った短編マンガを、その年から描くようになったのです。

 原爆を扱ったマンガを描くことは、戦時中の体験がフラッシュバックする過酷な作業でした。ゲンは戦争によって家も家族も失い、ゲン自身も原爆症の恐怖に悩まされますが、それでもありったけの元気を振り絞り、母親や戦災孤児たちを励ましながら生きていきます。ゲンの底抜けな明るさ、ひたむきさが、『はだしのゲン』の唯一の救いとなっています。

 中沢氏は2012年に73歳で亡くなりました。同じ広島市出身のマンガ家・こうの史代氏は、「週刊朝日」(2013年8月9日号)の中沢氏追悼特集で、【「ゲン」がなければ、『夕凪の街 桜の国』は描けませんでした。】とコメントを寄せています。『夕凪の街 桜の国』と同様に戦争が残した傷は一生消えないことを描いた『この世界の片隅に』も、『はだしのゲン』の強い影響を受けているといえそうです。

 かつては、小学校や中学校の学級文庫や図書室には、原作マンガ『はだしのゲン』が並んでいましたが、若い世代のなかには「『はだしのゲン』は知らない」という人も少なくないと思います。戦時中、そして戦後をたくましく生きたゲンという少年がいたことを、ぜひ覚えておいてください。そしていつか機会があれば、原作マンガやDVD化されている劇場アニメ版にも手を伸ばしてみてください。

(長野辰次)

【画像】学校の図書館でも読めたマンガ…『はだしのゲン』(4枚)

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