放送から30周年の『アイアンリーガー』 「正々堂々」と戦う姿が持つ意義とは
フェアプレイの精神が持つ大きな意味

もうひとつの本作の特徴、それはバトル、いわゆる戦闘シーンがないことです。本作はあくまでスポーツが題材で、敵と戦うという意味が根本から違っていました。いわゆるバトルシーンが見せ場であるロボットアニメとしても、異例と言えるでしょう。そして意外なことですが、SD系作品はバトルものがほとんどです。
バトルがないからといって、見せ場や盛り上がりがないというわけではありません。本作の魅力はスポーツもの特有のゲーム展開にあり、その部分にグッと引き寄せられるのです。
物語展開は卑怯な手を使う相手に、主役である「野球リーガー」のマグナムエースたち「シルバーキャッスル」チームが、あくまでも正々堂々と正面から挑み、逆転劇を繰り広げる爽快感にありました。この燃える展開が、視聴者の目を釘付けにします。本作はロボットアニメでありながら、スポーツ根性ものとしての魅力があったのです。
そして、この「戦わないロボットアニメ」という要素が、本作の隠れたテーマでもあったと考えられます。本作の敵組織にあたるダークスポーツ財団のオーナーである「ギロチ」は、本来はスポーツ選手であるアイアンリーガーを、兵士に改造して戦場に送る「死の商人」でした。
兵士に改造されながらも、この戦場からアイアンリーガーに復帰したのが前述のマグナムエースで、スポーツとは名ばかりでロボット同士の壊しあい見せていた「アイアンリーグ」の正常化が目的だったのです。それゆえ、相手がどんな卑怯な手段を使っても、正々堂々と受けて立っていたのでした。
この点を深読みすると、ロボットアニメといえばバトルを入れるのが当たり前であり、視聴者もそれを望んで戦いを楽しんでいる風潮に対しての、スタッフからの「ひとつの答え」だったとも受け取れます。実際、作中ではほとんどの観客がラフプレーで壊しあうアイアンリーガーを見て楽しんでおり、これを痛烈な皮肉と取れば納得の演出かもしれません。
最終回では、ラスボスであるギロチがアイアンリーガーたちの正々堂々としたプレーを見ているうちに心を動かされ、これまでの行いを反省して純粋にスポーツを楽しむさままで描かれ、物語は終わります。このギロチの心変わりに、バトル中心のロボットアニメを楽しんでいた自分を重ねた人も多いのではないでしょうか。かく言う筆者も、重なるものを感じました。
当時の流行だった「SDロボット」を扱いながらも、物語は従来のロボットアニメへの「アンサー的作品」だったと思います。今でも主題歌を聞くと、あの頃の燃えたぎるドラマの数々が脳裏に浮かぶ作品です。『アイアンリーガー』は、その熱さゆえにいつまでも心に残ります。
(加々美利治)



