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いちユーザーが体感した、90年代「ゲームハード戦争」 流れを変えた2本のソフトとは

1990年代半ばに激しいシェア争いを繰り広げた「プレイステーション」と「セガサターン」。当時最先端の家庭用ゲーム機の勝負に決着をつけたのは、『ファイナルファンタジー7』と『ドラゴンクエスト』でした。両方のハードを購入し心ゆくまで楽しみつつも、内心サターンを応援していたゲームライターの早川清一朗さんが、当時の空気を語ります。

「ゲームハード戦争」初期はサターンが優位だった?

1994年12月発売の、初代「プレイステーション」(ソニーインタラクティブエンタテインメント)
1994年12月発売の、初代「プレイステーション」(ソニーインタラクティブエンタテインメント)

 1994年の年末、歴史に残る「ゲームハード戦争」が始まりました。

 同年11月22日にセガの「セガサターン」が、12月3日に家庭用ゲーム機に初参戦したソニーのプレイステーション(初代)が発売されたのです。発売当時の定価は、セガサターンが44800円。PlayStationが39800円。

 ……買えるかっ!

というのが当時大学生だった筆者の正直な感想でした。片方だけ買うのもひと苦労のお値段です。最終的にはどちらのハードもかなり値下がりしたので両方揃えましたが、本当に大変でした。

 さてこの時期、1990年に任天堂が発売したスーパーファミコンも人気をまだまだ保っていましたが、その表現能力には明らかな限界が見え始めていました。特に1993年から94年にかけてアーケードではゲーマーに大きな衝撃を与えた3D対戦格闘ゲーム『バーチャファイター』『バーチャファイター2』がリリースされ、ゲームの新たな可能性を見せてくれていたこともあり、より高性能な家庭用ゲーム機が求められていたのです。

 こうして発売された両ゲーム機ですが、最初の段階では僅かにセガサターンが優位だったように記憶しています。その大きな理由として挙げられるのは、固定ファンを持つ『バーチャファイター』をローンチタイトルとして投入したことでしょう。

 しかしながら、プレイステーション側にも対抗馬が現れます。それが『闘神伝』です。登場キャラの一人、エリスのシースルー衣装と「負けないもん!」という勝利セリフに心をわしづかみにされた筆者は迷った挙句、先にプレイステーションを購入する決断を下しました。

 ちなみに、エリスの声を担当したのは『ときめきメモリアル』の朝日奈夕子を演じた鉄炮塚葉子さん。後にメモラー(「ときめきメモリアル」シリーズの愛好者)になった筆者にとって、決して忘れられない名前です。

 加えて『リッジレーサー』『鉄拳』という強力なソフトを投入したプレイステーションは、セガサターンと互角の戦いを繰り広げることに成功していました。

【画像】今なお話題を生み続ける伝説のハード、セガサターンと初代PS(8枚)

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