「柱稽古編」の次の戦いで「元柱」たちは戦力になるか? 現在の実力を考察
柱として、父親としての自分を取り戻し「決戦の場」へ

元炎柱の煉獄槇寿郎は、「無限列車編」で「上弦の参」の「猗窩座」と戦って命を落とした「杏寿郎」の父親で、彼の先代の炎柱です。かつては、精力的に鬼狩りの仕事に励む「良き柱」であり、愛妻家の「良き夫」、息子たちを熱心に指導する「良き父」でもありました。しかし、日の呼吸や耳飾りの剣士のことを知った槇寿郎は、己の限界と無力さを思い知って打ちのめされ、さらに同じ時期に最愛の妻を亡くしたことが重なって自暴自棄になり、酒浸りの生活を送るようになったのです。
以降の槇寿郎は仕事への情熱も失ってしまい、努力して炎柱になった杏寿郎を罵倒したり、次男の千寿郎に対しても冷たい仕打ちをしたりなど、柱としても父親としてもすっかり落ちぶれてしまいます。炭治郎が杏寿郎の遺言を伝えるために煉獄家を訪ねた際も、亡くなった杏寿郎をおとしめ、千寿郎を殴りつけるなどのひどい仕打ちで炭治郎を激怒させました。
そんな槇寿郎を改心させたのは、杏寿郎からの「体を大切にして欲しい」という遺言でした。父の産屋敷耀哉亡き後、新たに「お館様」となった輝利哉の護衛に当たった際には、以前の志を取り戻し、「杏寿郎同様、煉獄家の名に恥じぬよう、命を賭して(輝利哉様を)お守りする」と、天元に決意を語っています。
しかし、槇寿郎は柱の地位を退いて2~3年が経ち、その間は酒浸りだったのでしょう。そうなると、上弦の鬼と戦うのは厳しそうです。もちろん、「下弦程度の力を持たされている」雑魚鬼たちを蹴散らす力は、槇寿郎にもまだありそうですが、彼にしかできないのが産屋敷家の遺児たちのサポートだと思います。無限城の戦いに参加した柱と元柱のなかでは、唯一、親となった経験があり、かつては杏寿郎と千寿郎にとっても「良き父」だった槇寿郎です。当時の自分を取り戻しているなら、父を亡くしたばかりの幼い輝利哉たちに寄り添い、彼らを精神的にも支える護衛の役が適任かもしれません。
最後に、元音柱の宇髄天元について、無限城編での戦力になりえるかどうかを考えてみます。「遊郭編」において上弦の陸との戦いで左目と左腕を失って柱を引退した天元ですが、「柱稽古編」でも「基礎体力の向上」の修行を受け持ち、張り切って隊士たちをしごいています。引退したとはいえ、一般隊士たちよりも動きも早いですし、スタミナも持ち合わせているのは明らかです。
結論からいうと、天元は無惨との戦いの場で活躍できたでしょう。
その理由としては、彼が「毒に対する耐性があること」が挙げられます。この耐性のおかげで無惨の「細胞破壊の毒」にほかの柱たちよりも長く耐えられそうです。次に、彼の「火薬を使う技」による広範囲の攻撃は、長い触手を使う無惨の攻撃にも有効と思われます。
また、無惨との「戦闘時間の長さ」も、天元にとってはデメリットではありません。彼独自の「譜面」を使う攻撃は、相手の動きを把握して攻防の両面を底上げできる、とても優れたものですが、完成に時間がかかることが難点でした。しかし、無惨との戦いは夜明けまでの長時間に及び、ほかの柱たちとも共闘していたため譜面を完成させるための時間も取れたはずです。
「上弦の陸」である「妓夫太郎」を追い詰めたド派手な技を、もう一度見たかったと思う人は多いのではないでしょうか? そして最後に、ラスボスとの戦いという「最高に派手」な場ほど、ファンの間で「派手柱」と呼ばれる天元にピッタリの舞台はないと思われます。きっとモチベーション最高な状態で戦いきったはずです。
連載終了から4年経ってなお、このような「タラレバ」を含め、さまざまなことを考えさせてくれる『鬼滅の刃』の懐の深さこそ、ファンの心をとらえて離さないもののひとつなのでしょう。
※煉獄の「煉」は「火+東」が正しい表記
※禰豆子の「禰」は「ネ」+「爾」が正しい表記
(山田晃子)


