「ドラクエ・FFに食われた」不遇すぎる名作レトロゲームたち 「シナリオは最高だった!」
『FF7』のシナリオライターが関わっていた作品が!?

「ドラクエ」「FF」の大ヒットに続けとばかりに、コマンド選択型RPGが数多く作られました。そんな作品のひとつが、「ヘラクレスの栄光」シリーズです。ギリシャ神話を題材とした国産RPGは当時珍しく、その題材を活かした展開に期待が集まりました。
シリーズ1作目の『闘人魔境伝 ヘラクレスの栄光』はかなり個性派な作品で、一部の敵に有効な武器種が存在したり(相性の概念)、盾が持てずに被ダメージが大きくなる反面、与ダメージが大きい両手武器を用意するなど、武器ごとに個性を持たせるシステムをいち早く取り入れた作品のひとつでした。
ただしゲームバランスに難があり、プレイヤーからの評価も分かれ、意欲作ながらも名作には手が届きませんでした。続いて発売された『ヘラクレスの栄光II タイタンの滅亡』は、ゲーム面の基礎をしっかりと構築したものの、独自性は弱く、こちらも名作には及ばぬ結果となります。
しかし、3作目の『ヘラクレスの栄光III 神々の沈黙』から、風向きが変わり始めます。ゲームバランスは少々悪く、操作性も快適とはいえませんが、シナリオの出来が突出しており、さりげない伏線と卓越した回収の数々にプレイヤーは度肝を抜かれます。
実は、後に『ファイナルファンタジーVII』をはじめとする話題作を多数手がける野島一成氏が、本作のシナリオを手がけていました。巧みなストーリー構築は当時から素晴らしく、シナリオの魅力で『ヘラクレスの栄光III 神々の沈黙』の評価を大きく引き上げます。
その後、ゲームボーイ向けの『ヘラクレスの栄光 動き出した神々』を挟み、ナンバリング新作の『ヘラクレスの栄光IV 神々からの贈り物』が登場しました。『神々からの贈り物』も野島氏がシナリオを手がけたうえに、こちらはシステムを含めたゲーム全般の完成度が大きく向上します。その結果、『神々の沈黙』で高まった期待に応える見事な出来映えとなり、追い続けたファンが報われる名作となりました。
●知名度を上げるチャンスを活かせなかった「ヘラクレスの栄光」
しかし、「ヘラクレスの栄光」が登り詰めた道のりを、誰もが追いかけられたわけではありません。まず、1作目の『闘人魔境伝 ヘラクレスの栄光』が1987年6月12日に、2作目の『ヘラクレスの栄光II タイタンの滅亡』が1989年12月23日に発売されます。
1作目は「ドラクエ」「FF」の発売日とは間がありますが、2作目の翌々月に『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』(1990年2月11日)が、さらに2か月後には『ファイナルファンタジーIII』が控えていたため、様子見やパスした人も少なからずいました。
また、買い控えずに購入したとしても、『タイタンの滅亡』はインパクトに欠けていたため、発売時期が近い『ドラクエ4』『FF3』と比較され、評価を落とした面もあります。
その後、1992年4月24日に『ヘラクレスの栄光III 神々の沈黙』が発売されました。この時も1作目同様、「ドラクエ」「FF」の影響が比較的緩やかな時期でしたが、前作までの苦戦がたたり、ゲームファンの視線はどうしても厳しくなりがちです。シナリオの良さは遊んでみないと分からない部分なので、その点でも苦戦に拍車がかかります。
しかし、『神々の沈黙』で機運が高まったのも事実。次に出る新作で話題となれば……と期待された『ヘラクレスの栄光 動き出した神々』が発売されたのは、1992年12月27日のこと。この時は同じ月に、『ファイナルファンタジーV』(1992年12月6日)が、しかも先駆ける形で発売されています。また、3ヶ月前の1992年9月27日には、『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』も登場しており、RPGを遊ぶスケジュールは誰もがキツキツでした。
『神々の沈黙』で見えた広まりのきっかけを『動き出した神々』で掴むには至らず、カジュアルなユーザー層に名が広まらぬまま、シリーズ屈指の名作『ヘラクレスの栄光IV 神々からの贈り物』が1994年10月21日に登場しました。もちろんプレイ満足度は高かったものの、シリーズ人気に火をつける仕込みが足りておらず、高い評価を得ながらも知名度が噛み合わない結果となってしまいました。
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巡り合わせの悪さは、不運な事故でしかありません。誰が悪いわけでもなく、成功の可能性も「もしも」という想像を含むものです。とはいえ、「あの時、もしかしたら……」という夢を見たくなるのも、ファン心理といえるでしょう。
評価されつつも、カジュアル層にまで広がらなかった良作や名作は、このほかにも数多くあります。あなたが「知られていなくて悔しい」と感じているゲームはありますか? もしよければ、それを誰かに語ってみてはいかがでしょうか。
(臥待)



