「ラスボス倒したのに…」衝撃的なBADエンドを迎えるファミコンゲームたち「こんな可愛いヒロインが…」
苦労してクリアすると、その努力のぶんだけ達成感が得られます。しかし、その達成感をも覆すような、報われないエンディングを迎えるファミコンソフトも存在しました。当時のファミコンキッズは、どんな結末に打ちのめされたのでしょうか。
「クリアしたのに…」

かつてファミコンは、日本中にコンピューターゲームという新たな熱狂を巻き起こしました。子供たちは限られたお小遣いを握りしめ、あるいは誕生日やクリスマスの願いを託して、数々の名作に挑んだものです。
当時のゲームといえば、パッケージの華やかさとは裏腹に、過酷な戦いが待ち受けるものも少なくありません。しかし、どれほど苦労しても、最後に「世界を救う」「愛する人を助け出す」といった大団円が待っていれば、苦難の道のりも報われます。
ところが、なかには「あれだけ難儀したのに、こんな結末なんて……」という、あまりに切ない幕切れを迎える作品が存在しました。今回は、当時の少年たちの心に消えない傷痕を残した、報われないエンディングを迎える作品を3本ご紹介します。
●『銀河の三人』の戦いの果てに待っていた、孤独すぎる勝利
1985年に発売された『銀河の三人』は、当時全盛期だったファンタジー路線のRPGとは一線を画す、SF設定のRPGとして異彩を放っていました。漫画家の永井豪氏がキャラクターデザインを手掛けたことでも知られています。
本作の物語は、地球を襲うガルム人に対し、主人公、頼れる相棒のブルー、そして超能力を持つ美少女リミの3人が立ち向かうというもの。しかし、その最終決戦はファミコン史上屈指の悲劇へと突き進みます。
まず、ラスボスとの死闘の最中、パートナーのブルーが命を落とします。これだけでも心苦しい展開ですが、ここから悲劇の連鎖が始まります。なんと、リミもこの時初めて知りますが、彼女はラスボスの妹で、その身体には地球を滅ぼすウイルスが潜伏していたことが判明するのです。
そしてリミは主人公に向かって、あなたは兄の仇、そして自分は地球人の敵と言い放ち、レーザーガンを構えます。彼女を止めなければ、ウイルスで地球が滅んでしまう。苦悩を抱えた主人公も、やがて彼女と同じようにレーザーガンを構え、そして銃声が鳴り響きます。
しかし、リミのレーザーガンは作動せず、主人公のレーザーだけが彼女を貫きました。リミはあらかじめトリガーをロックし、主人公に撃たれるつもりだったのです。
敵を殲滅し、地球の危機は去りました。しかし、その傍らにはブルーもリミもいません。地球を救った主人公が手に入れたのは、あまりにもやりきれない「孤独な勝利」でした。
●苦難のすべては「幻」だった『魔界村』
1986年にアーケードから移植された『魔界村』は、今もなお語り継がれる高難度アクションの金字塔です。ファミコンに移植された際に、結果としてアーケード版を凌ぐ難易度へと変貌を遂げたのが、その一因です。
最初のステージで姿を現す「レッドアリーマー」にすら勝てず、クリアを諦めたプレイヤーも少なくありません。しかし、不屈の闘志で数多の強敵を撃破し、ついにラスボスを打ち倒したとしても、画面に表示されたのはさらわれた姫との感動の再会ではなかったのです。
「この戦いはサタンが仕組んだ幻だったのだ!」
ラスボスとの戦いは全て幻に過ぎず、巧妙な罠だった……という文章が表示され、プレイヤーは無情にもステージ1へと引き戻されます。そして、真のエンディングを見るためには、過酷な道のりだった全ステージを、もう一度踏破(2周目クリア)しなければならないという、驚愕の事実を突きつけられるのです。
1周目をクリアした瞬間の達成感を「幻」の一言で切り捨て、再び最初からのやり直しを命じる。この事実が判明する1周目のエンディングは、プレイヤーに深い絶望感を与えました。
●あらかじめ確定していた『カイの冒険』のバッドエンド
1988年に発売された『カイの冒険』は、攻撃手段を一切持たない非力な巫女「カイ」が、ジャンプと加速で多彩なステージをクリアし、最上階を目指すアクションゲームです。
ジャンプには独特の浮遊感があり、かなり繊細な操作が求められます。そのため、想定した操作を実行できる確かな腕前が不可欠で、数あるナムコ作品のなかでも屈指の「激ムズ」タイトルとして知られています。しかし本作における最も過酷な点は、こうしたゲーム性ではなく、クリアした後に待ち受ける展開にありました。
『カイの冒険』は、既に発売されていた『ドルアーガの塔』の前日譚にあたります。そして『ドルアーガの塔』の目的は、「大悪魔ドルアーガ」を倒し、石に変えられたカイを救出すること。つまり、ドルアーガの魔の手にかかって囚われるという結末が、『カイの冒険』を遊ぶ前から決められていたのです。
プレイヤーが超人的なテクニックで難関ステージをクリアし、塔の最上階へ辿(たど)り着いたとしても、待っているのは「カイが囚われ、石にされる」というバッドエンドだけ。努力して得られるものは、あらかじめ分かっていた不幸のみなのです。これほど切なく、報われない結末はそうないでしょう。
これらの作品がいまもなお忘れがたいのは、単に「後味が悪い」からだけではなく、困難な状況に立ち向かい、それでも届かなかった願いが、限られた表現の中で雄弁に描かれていたためでしょう。
「報われない」という結末は、時に「救われる」物語よりも深く、私たちの心に深く刻まれるのかもしれません。
(臥待)
