任天堂のスイッチ2を「しかたなく」買ってもらう戦略 「ファミコンの父」山内溥から続くブランド哲学
「しかたなく買う」という言い回しは、どちらかといえばネガティブな印象があるかもしれません。しかしこれは、物事の本質を理解し、任天堂という会社がとるべき道筋の指針となる言葉でした。
任天堂にとっての第一義は「ゲームクリエイター」

任天堂の新ハード「Nintendo Switch 2」の第1回抽選販売には220万もの応募が殺到し、当選発表があった4月24日にはX(旧:Twitter)で多くの落選報告が飛び交う事態となりました。「スイッチ2」のスペックや4万9980円(税込/日本語・国内専用モデル)という価格設定についてはさまざまな意見があがっているものの、少なくともこれだけ多くの人々が、強い購入意欲を示しています。
この現状を見るに、まさにスイッチ2は「しかたなく買うもの」であり、その狙いが的確だったことを実感させられます。
●任天堂の在り方に大きな影響を与えた山内溥氏
「しかたなく買うもの」という表現は、一介のライターには過ぎた発言かもしれません。しかしこれは、筆者自身の個人的な感想からくるものではなく、任天堂でかつて代表取締役社長を務めた山内溥氏の発言を一部引用させて頂いたものです。
ゲームを遊ぶための機器は、任天堂だけでなく他社からも販売されています。他の用途にも使えるPCやスマホは事情がやや異なりますが、ゲーム機を購入する強い動機は、その機器自体ではなく、そのゲーム機で遊びたいゲームがあるから、というケースが大半でしょう。
技術の結晶という意味ではゲーム機も素晴らしい存在ですが、遊びたいと思うゲームがあってこそのゲーム機です。そのことを深く理解していた山内氏が、かつて「ハードというのはどうしても遊びたい『ソフト』を遊ぶためにしかたなく買ってもらう箱なんだ」と発言していたと、対談企画「社長が訊く『ニンテンドー3DS』」のなかで語られています。
「しかたなく買う」という発想は、どうすれば消費者に納得して購入してもらえるのか、その動機を丁寧に作らなければならない──といった指針としての意味もあったのかもしれません。
●その考え方を受け継いだ岩田聡氏
こうした山内氏の姿勢は、次代の社長となった岩田聡氏にも受け継がれており、2011年3月にサンフランシスコで行われた「Game Developers Conference 2011」にて、岩田氏は「任天堂は『ゲーム機は、どうしても遊びたいソフトを楽しんで頂くために仕方なく買って頂くものだ』と考えています」と述べました。
さらに、「お客様にいい意味で驚いてもらうためには、自社ハードと自社ソフトをマッチさせることが最も確実な方法だと考えるからです」と自社の姿勢を説明し、さらに「当社はまず第一にゲームクリエーターであり、その次にハードウェア製造者なのです」と、会社が重要視する優先度を明確に告げます。
最も大事なのはゲームであり、ゲーム機は表現の実現やプレイの提供に必要な機器である。だからこそ、しかたなくゲーム機を買ってもらい、素晴らしいゲーム体験を届ける──こうした発言から、山内氏の理念が次の世代に引き継がれていることがうかがえます。
●スイッチ2で任天堂が見せた、丁寧にな動機作り
そこからさらに時間が経ち、社長職もまた世代交代を迎えました。そして4月2日に、同社の最新型ゲーム機であるスイッチ2の情報が明らかとなり、任天堂は多くの消費者に衝撃を与えます。
多言語版と比べると2万円も安く、日本人には嬉しい「日本語・国内専用」の存在や、前作が6735万本もの売れ行きを記録した「マリオカート」シリーズの完全新作をスイッチ2と同時発売で用意するなど、消費者の購入動機を後押しする力強い施策がいくつも見られました。
また、スイッチ時代には「サードパーティーのビッグタイトルが少ない」という弱点があり、コアなゲームファンの取り込みに苦労した点が否めません。しかしスイッチ2では、全世界累計販売本数が3000万本を突破した『ELDEN RING』が登場するほか、同作品を手がけたフロム・ソフトウェアの完全新作『The Duskbloods』も発売予定となっており、コア層にも力強くアピールしています。
円高、物価高騰のなかで、スイッチよりも性能を大きく向上させながら、4万9980円(日本語・国内専用版)という価格に抑え、パワフルなタイトルを添えられたスイッチ2。この力強い展開の前には、消費者も「しかたないなぁ」と困りつつも嬉しそうに抽選予約を申し込むほかありません。
「しかたなく買う」という動機作りを、スイッチ2の発表で実現させた任天堂。いまも変わりがないように感じられるその理念は、今後のゲーム業界にも侮れぬ影響を及ぼすことでしょう。
(臥待)