宮崎駿『紅の豚』 モテる主人公・ポルコはなぜ豚の顔になった?
ポルコが豚の顔になった理由

しかし、なぜポルコは豚の顔になったのでしょうか。かつてはイタリア空軍のエースパイロットとして名を馳せたポルコですが、大戦中の出来事から空軍を離れています。ポルコの心の葛藤を描くことで、当初はお気楽な短編アニメになるはずだった『紅の豚』は、上映時間93分の長編アニメへと変わることになりました。
ポルコがフィオに語る昔話が、とても印象的です。多くの敵機に囲まれ、死を覚悟したポルコは雲の平原へと辿り着きます。雲の平原のさらに上空にはひと筋の不思議な飛行機雲が流れていました。その雲は、よく見ると戦争で撃墜された飛行機の群れだったのです。ポルコの親友が乗っていた飛行艇も、その列へと加わって行きます。親友はジーナと結婚したばかりでした。飛行機の列は、静かに冥界へと向かいます。
ポルコは運よく生還を果たします。しかし、親友を守ることができず、自分ひとりだけ生き残ったことへの罪悪感、後ろめたさから、ポルコは豚になる呪いを自分に掛けたのでした。ポルコに掛けられた呪いは、宮崎駿監督自身の屈折した想いでもあるようです。
宮崎監督が青春時代を過ごした1960年代は学生運動が盛んな時代でした。多くの若者たちが社会をよくしたいという気持ちから、反戦デモなどに参加していました。宮崎監督も東映動画(現・東映アニメ)時代に高畑勲監督らと労働組合に加わり、労働条件の改善を訴えています。『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)は、そんな時代の熱気を感じさせる作品となっています。
幻となった続編『ポルコ・ロッソ 最後の出撃』
1970年代に入り、熱い政治の季節は終わり、学生運動は終息していきます。宮崎監督は東映動画を辞め、TVアニメ『ルパン三世』(日本テレビ系)などのエンタメ作品を手掛けるようになります。世間から距離を置き、義賊的に生きるルパン三世と賞金稼ぎのポルコはどこか通じるものがあるように思います。
宮崎監督はスタジオジブリという理想の職場を得て、大ヒット作を連発するようになりますが、それでも心の奥には挫折感、やり残した想いを抱え続けているようです。
宮崎監督は安易な続編を企画することはありませんが、『紅の豚』は後日談を考えていたそうです。『ポルコ・ロッソ 最後の出撃』というタイトルが予定されていましたが、ポルコ役の森山周一郎さんが2021年2月に亡くなったため、幻の企画となってしまいました。
胸の奥に浄化されずいる複雑な想いがあるからこそ、宮崎監督は引退宣言を何度も撤回し、アニメーション制作を今も続けているのではないでしょうか。宮崎監督にとってアニメーションとは、永遠に解けない呪いであり、同時にどこまでも飛んでゆける無限の魔法でもあるようです。
(長野辰次)




