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昔は薬局で覚醒剤が買えた? 『サザエさん』でヒロポンを飲んだのは誰だ

実は『サザエさん』にも覚醒剤が登場していた!

『サザエさんうちあけ話/似たもの一家』(朝日新聞社出版)
『サザエさんうちあけ話/似たもの一家』(朝日新聞社出版)

 こうしてヒロポン(覚醒剤)の歴史を振り返ってみると、『サザエさん』と『似たもの一家』連載中の時期にはまだ堂々と市販されており、上記のようなエピソードがあってもおかしくないということになります。

 もう少し、当時のヒロポン事情を詳しく見てみましょう。『夫婦善哉』などで知られる流行作家の織田作之助は、ヒロポンの常用者として知られていましたが、1947年に結核のため33歳で亡くなりました。ヒロポンの常用も死去の原因と考えられています。織田に限らず、多くの作家や芸人たちは、締め切りの重圧や多忙による疲労を吹き飛ばすため、ヒロポンを愛用していました。だから、小説家の伊佐坂難物の机にヒロポンが置かれていたわけです。

『似たもの一家』が連載されていた1949年から50年にかけては、覚醒剤中毒の青少年による犯罪が新聞紙上を盛んに賑わせていました。この年、警視庁保安部が補導した青少年の半分がヒロポン中毒だったそうです。

 また、戦火で身寄りを失った浮浪児がヒロポンを乱用する場合も多かったとのことです。当時は錠剤より効果の大きい注射薬が普及していましたが、日本酒1升645円に対し、ヒロポン注射10本入りが81円50銭でした。人びとは敗戦のつらさや身寄りのない寂しさを、安くて気軽に手に入るヒロポンで埋めていたのです。ここからヒロポンの問題が国会で取り上げられるようになり、覚醒剤取締法の成立につながっていきます。

『似たもの一家』にヒロポンが登場したのは、このような時代背景がありました。ヒロポンが当たり前に市販されていたからマンガに登場したという側面もありますが、さびしさを紛らわせるために興味本位でヒロポンを飲んでしまった子供たちがいつまでもハイテンションでいるというエピソードからは、長谷川町子先生のどこか風刺めいた視点もうかがえます。

 また、実は『サザエさん』にも覚醒剤が登場するエピソードがあります。年配の男性が薬局で「カクセイざいをくれたまえ」と、買い物をしています。この人がサザエに話した内容によると、徹夜で「文士劇」の練習をやるというのですから、彼は作家なのでしょう。ところが薬局は間違えて「スイミン剤」を売ってしまい、男性は爆睡してしまった……というお話です。

 実は、このエピソードが描かれたのは1952年12月のことで、前述のように51年には覚醒剤取締法でヒロポンの市販は禁止になっていました。掲載後、読者からの指摘があって単行本への掲載は見送られましたが、現在は書籍未収録だったエピソードを集めた単行本『おたからサザエさん』の2巻で読むことができます。

 その他、『サザエさん』には「マスオがインパール作戦に従軍していて、戦後も後遺症でヒロポンを常用していた」という噂もあるようですが、根も葉もないデマだとのみ書き添えておきます。そもそもマスオには従軍していたという設定はありません。

(大山くまお)

【画像】表紙で注射を? 戦後のヒロポン事情がわかるマンガたち

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