セガ初の携帯ゲーム機「ゲームギア」がゲームボーイに勝てなかったワケ
ライバル機にビッグタイトル誕生! ゲームギアのビジネス的な成果は?

それに本体価格を比較すると、ゲームボーイの発売当初の金額は1万2500円(のちに8000円まで価格改定)なのに対し、ゲームギアはかなり高額な1万9800円(のちに1万5800円に価格改定)でした。
カラーでゲームを楽しめることの代償が、販売価格に顕著に反映されてしまったことも、ゲームボーイほど普及しなかった一因と考えられます。
とはいえ「ゲームギア」には、セガが誇る評価の高い作品があります。例えばセガの看板キャラであるソニックが登場する『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(1991年)は、スピーディーでスタイリッシュな横スクロールアクションとして世界的に人気を博しました。
また国民的パズルゲーム『ぷよぷよ』(1993年)もプレイ可能で、ソフトの数はゲームボーイに大きく劣るものの、なかには良質なゲームも含まれていました。
一方のゲームボーイには、初期の頃から『テトリス』(1989年)のような大ヒットタイトルがリリースされ、多くのサードパーティーが参入することで豊富なタイトルに恵まれています。また、後期に入っても『ポケットモンスター赤・緑』(1996年)という世界規模のメガヒット作が飛び出したことで、盤石の体制を築きました。
結果的に、日本国内でのゲームギアの販売台数は約178万台にとどまり、ゲームボーイの約1200万台に比べると大きく水をあけられたかたちになります。そのためか、日本では後継機も発売されませんでした。だからといって失敗だったかというとそんなこともなく、全世界での販売実績に目を向けると1000万台以上を売り上げたハードになります。
そんなゲームギアには弱点はあるものの、ゲームボーイカラーよりも8年も早くカラー液晶を搭載した携帯ゲーム機でした。すでにシェアを獲得していたゲームボーイの牙城に挑んだ、セガの積極的な姿勢はいまだに忘れられません。
(LUIS FIELD)


