オタク氷河期の救世主『電車男』 若者が驚く、20年前の冷ややかな扱いと変化した評判
なぜ「オタク」という存在が、市民権を得ることができたのか? そんな議論のなかでほぼ確実に挙げられるのが『電車男』です。ただ現代の若者は、本作について「名前だけしか知らない」という人も多いかもしれません。いったい、この『電車男』とは、どのような作品だったのでしょうか?
『電車男』がオタク文化と一般世間に与えた影響とは?

今でこそ「オタク」という言葉は広く浸透し、一定の市民権を得た存在となりましたが、かつては世間の目が厳しく、冷ややかな扱いを受けていた時代もありました。例えば90年代後半に大ブームを巻き起こした「踊る大捜査線」シリーズでさえ、オタクを犯罪者予備軍のように描くエピソードが存在したほどです。
そうした偏見が少しずつ解消され始めたのは、動画投稿サイトやSNSの発達、アニメ人気の高まりなど、さまざまな変化がきっかけでした。そして、この手の話題を語るうえで欠かせないのが、2005年に社会現象となった『電車男』です。インターネットから生まれたこのラブストーリーは、当時のオタク像にどのような変化をもたらしたのでしょうか?
すべての始まりは、ネット掲示板「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」の独身男性板に投稿された何気ない書き込みでした。とあるオタク男性が、電車のなかで酔っ払いに絡まれていた女性を助けたところ、後日、彼女から「HERMES(エルメス)」のティーカップがお礼として届いたというのです。そして彼は、「エルメス」と仮称したその女性とどうにか関係を深めたいと、サイトの住人たちに相談を持ちかけました。
書き込みの真偽はさておき、アドバイスに従って少しずつ距離を縮めていく様子に、掲示板は大盛り上がりとなり、やがて専用スレッドが立ち上がるまでに発展します。さらにその反響はネットの枠を超え、一連の経緯をまとめた書籍が出版されたほか、映画化やTVドラマ化も実現しました。
山田孝之さん主演の映画版も大きな話題を呼びましたが、なかでも世間への影響が大きかったのが、2005年7月から放送されたTVドラマ版です。主人公の「山田剛司(通称:電車男)」を伊藤淳史さん、ヒロインの「青山沙織(通称:エルメス)」を伊東美咲さんが演じ、平均視聴率20%超えの大ヒットドラマとなりました。
まだSNSが一般的ではなかった当時、ネット上のつながりを頼りに自分のリアルな恋愛を進めていく電車男の姿は、非オタク層の視聴者にとっても新鮮に映ったことでしょう。またオタク男性と美人OLという、いわゆる美女と野獣的な王道のラブストーリーだったことも、一般層に受け入れられやすかった理由のひとつと言えそうです。
かくしてネット掲示板発祥のラブストーリー『電車男』は大ブームとなり、「オタク」という存在を世間に広く知らしめるきっかけとなりました。「キターー(゚∀゚)ーー!!」や「漏れ(俺)」といったネットスラングが一般に知られるようになったのも、このドラマの影響です。まだ「ツンデレ」という言葉すら認知されていなかった当時を思えば、『電車男』が果たした役割の大きさがよく分かります。
もちろん後の時代から振り返ってみれば、『電車男』がオタクへの偏見をすべて解消したとは言い切れません。むしろ「アキバ系」と言われるようなステレオタイプのオタク像を、世間に強く印象付けてしまった側面もあります。
それでもかつて世間から奇異の目で見られていたオタクが、よりカジュアルな存在として受け入れられるようになった背景には、『電車男』の存在があったと言えるでしょう。これまで地下深くにあったオタク文化を、良くも悪くも陽のあたるところまで引っ張り上げた、それが『電車男』だったのです。
そんなドラマ版の放送から、今年でちょうど20年となります。オタク文化に多大な影響を与えた作品として、今もなお一見の価値はありますが、残念ながら各種サブスクで配信されておらず、現代の若者に届きにくいのがもったいないところです。あえて令和の時代に『電車男』を見返してみれば、当時とはまた異なる視点から新たな発見があるかもしれませんね。
(ハララ書房)