もう『ナウシカ』の悲劇は繰り返さない 『もののけ姫』全米上映で示したジブリの矜持
『もののけ姫』の全米上映にあたり、ジブリはある条件を突きつけました。それは『風の谷のナウシカ』の苦い経験からきたものです。
ジブリもアメリカでは苦労

世界的な人気、知名度を獲得しているスタジオジブリ作品は、2020年からNetflixで日本と北米を除く、世界約190カ国で21作品が配信されています。また新作のジブリ作品の多くが、世界中の劇場で公開されるようになりましたが、ここに至るまでの道筋は決して平坦ではありませんでした。ジブリの海外進出の歴史は、改変との戦いの歴史だったのです。
始まりは『風の谷のナウシカ』(ジブリの前身トップクラフト制作)でした。1984年に日本で公開された『ナウシカ』はその翌年、アメリカのニューワールド・ピクチャーズという会社が配給権を購入します。
ところがこの会社は勝手にフィルムを編集し、本編も116分から、97分に短縮してしまったのです。タイトルも『WARRIORS OF THE WIND(風の戦士たち)』と、まるでバトルアクション作品のようなものに変更しました。
まったくもって極めて横暴な印象を受けますが、実際にハリウッドをはじめ、アメリカの配給会社では、海外映画を短縮するなど、編集を加えて上映することがたびたび行われています。アメリカ人に合わせた興行のためとはいえ、悪き慣例だったことは間違いありません。
その後もジブリ作品を上映するべく、アメリカの配給会社が幾度となく、商談を持ち掛けてきました。その交渉の窓口に立ったのが、プロデューサーの鈴木敏夫氏です。向こうの配給会社は案の定、改変をする権利を求めてきたため、『ナウシカ』改変の苦い記憶もあった鈴木氏はこれらのオファーを断ります。
さらに、「日本の著作権法にのっとり、買い付けた作品の改変は不可能である旨を説明した論文」をしたためて、アメリカの配給会社に送付したのです。
そして、ジブリ側が提示していた「改変なし」の条件を受け入れ、全米での配給権を獲得した会社があります。それが、ディズニー社です。これに関しては、両社の作品に対する精神が呼応した結果といえるかもしれません。
1996年には、ディズニー社との間でそれまでのジブリ作品と新作『もののけ姫』(1997年日本公開)を世界に配給する提携が成立しました。ジブリの公式サイトでも、「ディズニーなら、作品を大事にしてくれる。そんな考えのもと、我々はディズニーと提携することを決めました」と綴られています。
ただ、それでも『もののけ姫』は危うく改変されるところでした。
『もののけ姫』のアメリカ配給を担当していたディズニー子会社、ミラマックスのプロデューサーが、ニューヨークでのプレミア上映後に、鈴木氏や宮崎駿監督の息子、吾朗氏に「最後の40分を編集したい」と相談を持ちかけてきたのです。相手は業界内における権力者でしたが、ジブリ側はこれを断固として拒否しました。
なおこのプロデューサーとは、のちに数々の犯罪が明るみになった、ミラマックスの設立者、ハーヴェイ・ワインスタイン氏です。
こうして、『もののけ姫』はカットされることなく、1999年に無事に全米で封切られ、メディアで絶賛されます。なかなかスリリングな経緯でありましたが、いずれにせよ、世界のジブリの架け橋となったのが世界のディズニーだったのは、歴史の必然を感じさせる出来事ではないでしょうか。
参考書籍:『ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの』(著:鈴木敏夫/岩波書店)
(片野)
