ウルトラセブンの“中の人”って、どんな人物? 残った逸話、放送後演じてたもう一人の有名ヒーローとは
「ウルトラマン」のなかの人、古谷敏さんは有名です。では「ウルトラセブン」の中の人は? 知られざる「その後」を紹介します。
セブンの「中の人」はその後どうなった?

『ウルトラセブン』(1967年)の主人公「モロボシ・ダン」を演じたのは、森次晃嗣さんです。では、「ウルトラセブン」のなかの人、つまりスーツアクターをご存じでしょうか。
その方の名前は上西弘次さんといい、俳優でありながらも「三船プロダクション」の殺陣師としても活躍していた人物です。がっしりとした体格と、精悍な顔立ちをしています。
さて、『ウルトラマン』(1966年)のスーツアクターを担当した古谷敏さんは、現在も特撮ヒーローの礎を築いたレジェンドとして、多くのイベントに出演しています。
一方、上西さんがこのようなイベントに登壇されたと言う話は、なかなか聞きません。もっといえば、情報自体が少ない状況にあるのが現状です。『ウルトラセブン』という大傑作の功労者でありながら、いったいなぜなのでしょうか。
先に結論を言ってしまえば、上西さんは晩年はほぼ「連絡が取れない状態にあった」と考えられます。上西さんの『ウルトラセブン』以降の活動経歴をおさらいしましょう。
『ウルトラセブン』放映後も、上西さんは『宇宙猿人ゴリ』(1971年)で、「スペクトルマン」、「ゴリ」の部下である「ラー」のスーツアクターを担当しています。そう、「ウルトラセブン」と「スペクトルマン」は、どちらも上西さんが演じていたのです。
もちろん、俳優でもあった上西さんにとって、顔の出ない着ぐるみのなかに入ることは、当初、名誉なことではありませんでした。
そんな上西さんが、スーツアクターという職業への偏見を改めた、こんな出来事があります。その日、上西さんはウルトラセブンの格好で、身体障害を抱える子供たちが待つ施設へと慰問に行きました。
するとひとりの少年が、上西さん演じるセブンに握手をしようと懸命に歩いてきました。のちに聞いたところ、その少年は本来、歩行はおろかひとりで立つことすらできなかった、といいます。改めて、ヒーローが持つ底力を感じさせるエピソードです。
こうした出来事がありながらも、上西さんは1970年代後半にはプロデューサーに転向し、演者としては半ば引退しました。以降は映画制作などを手がけており、一例としては、1980年の映画『サッちゃんの四角い空』において「企画 上西弘次」というクレジットが確認できます。ただ、裏方に回ったためか、この辺りからその後の活躍を追うことが難しくなります。
実際に仕事をしていた方からすれば自明であったかもしれませんが、少なくともアクセス可能な範囲の情報は限定的で、2000年代以降ともなればその傾向は顕著です。こういった状況が、さまざまな憶測を呼ぶこともありました。
そして、筆者の知る限り、2014年12月の「古谷敏ウルトラワンマンショー」というイベントにて、上西さんが亡くなったことが発表されたと話題になっていましたが、正式な没年までは不明のままとされています。
いずれにせよウルトラセブンの所作、アクション、あるいは表情……その全て命を吹き込んだ上西弘次さんの名前と功績だけは、次の世代に引き継ぎたい、そう思う次第です。
(片野)
