機動戦士ガンダム28話「大西洋、血に染めて」は、大人になっても見るべき理由が凝縮!
子供のころは「大西洋、地に染めて」の意味を理解できていたのか?

しかしながら、『機動戦士ガンダム』をリアルタイムで視聴していた当時の子供たちは、「大西洋、地に染めて」のストーリー理解できていたのでしょうか。少なくとも、筆者はよく分かっていなかったように思えます。
まだ小学生になったばかりだったので、まずスパイという存在が何なのか分かりません。「情報」という言葉の意味も、カイがミハルをかばう理由も分かりません。ミハルがなぜコクピットの外に出たのか、なんで落ちてしまったのかも分かりません。ミサイルの爆風で吹き飛んだのに気づいたのは、だいぶ後になってからでした。
それでも『ガンダム』はものすごく面白く、再放送を毎日楽しみにしていたのです。子供のころの筆者にとってはまずガンダムの活躍が大事で、それ以外のことはあまり目に入っていなかったのでしょう。ガンダムのビームライフルが水中で威力が出ずにアムロが焦る描写に手に汗握り、ガンダムがグラブロに捕らえられ振り回されるシーンに驚愕し、逆転勝利に歓喜していたはずです。
そこから成長し、見返すたびに少しずつストーリーと言葉を理解できるようになり、ミハルの死がカイの成長をもたらしたことにも気づくようになりました。
ミサイルが着弾するたびに戦死者が続出する悲惨な戦況だったこともきちんと描写されており、ロボットが活躍するだけのアニメではなく、巻き込まれた戦争を生きぬこうと死にもの狂いで戦い続けるひとりひとりの物語であることを理解できるようになったのは、おそらく大人になってからでしょう。
物語や設定を十分に理解できない子供にとっても面白く、成長するたびに新しい発見がある。そんなものを作ってしまう富野喜幸監督(現:富野由悠季)監督の手腕に、改めて脱帽させられます。本放送から40年以上が経過した令和3年となっても、些細な判断のひとつで運命は無限に変化することを想像させてくれる『ガンダム』の奥深さには、驚嘆するほかありません。果たして10年後に改めて『ガンダム』を見返した時にどのような発見があるのか、密かに楽しみにしています。
(早川清一朗)

