『ゴジラ-1.0』の世界は「現実の太平洋戦争」を経ていない? 作中で船や飛行機を動かせたワケは
戦後の1947年を舞台とし、民間人が旧日本軍の兵器を活用して奮戦する映画『ゴジラ-1.0』をよく見ると、現実の「太平洋戦争」とかなり異なる世界線であることに気づきます。
重巡洋艦「高雄」を活躍させるための設定変更?

大ヒット中の映画『ゴジラ-1.0』は、太平洋戦争直後、1947年の日本を舞台とした映画です。
※以下、映画の内容に関するネタバレが含まれますのでご注意下さい。
劇中では、ゴジラは米軍に被害を与え、さらに東京に上陸して銀座に壊滅的被害を与えます。日本を占領統治する連合軍は、アメリカとソ連の外交的対立が深まった時期で、まとまった軍事力を動かしたくないという事情があり、旧日本軍の保有していた兵器を日本政府に返還。旧日本海軍の元軍人を中心とした民間人有志が、そうした兵器を使ってゴジラ相手に死闘を繰り広げます。
ただ、映画を見ていて思うのは「『ゴジラ-1.0』の世界は、実際の太平洋戦争とは、相当違う経緯を経ているのではないか」ということです。
ゴジラを迎撃するために国会議事堂前に戦車が並んでいましたが、旧日本陸軍が試作した「四式中戦車」だと思われます(パンフレットでは「四号戦車」と表記)。2~12両が完成していたとされていますが、アメリカ軍が接収したのは史実では1両だけです。
『ゴジラ-1.0』の世界では「四式中戦車」が大量生産され、史実の九七式中戦車と同じく、中国大陸で中国軍が接収して使っていたものを譲渡されたか、日本国内で砲塔や武装を撤去されてブルドーザーにされていた車両を、現役復帰させたのでしょう。
また、映画の中盤で、主人公たちが乗る哨戒艇「新生丸」を助けるために現れた重巡洋艦「高雄」も異なっている部分です。劇中描写を見る限り「高雄」は、全力で航行し、主砲10門を斉射しています。史実の「高雄」は、レイテ沖海戦で魚雷2本を受け、大損傷を負っています。
第三・第四罐室を破壊され、外軸スクリューも失うという惨状でした。「高雄」はシンガポールのセレター軍港で修理を試みますが、舵取機室の油圧ポンプが直せず、舵が効かないことから、日本本土への回航は不可能でした。動けないことから、艦尾を切断して応急防水措置をした上で、シンガポールを守る浮き砲台となっていたのです。
主砲と高角砲は健在で、B-29爆撃機を撃墜するなどの戦果を挙げていますが、終戦直前の7月31日、イギリスの小型潜水艦が送り込んだ潜水隊員が、艦底で吸着式時限機雷を設置し、損害も出しています。
主缶と補機類は使用可能なので、戦闘力がゼロではありませんが、動けない浮き砲台でした。史実では、1946年10月29日にイギリス軍により海没処分されていますが、それまでの間、修理はなされていませんでした。
また、米軍による大規模核実験「クロスロード作戦」が史実通りなら、1946年7月に行われています。そこでゴジラが進化したため、10月までに「高雄」の修理が命じられたということになります。ただ前述の通り、日本本土への帰還は困難ですから、シンガポールに日本側の修理部品を輸送し(シンガポールでは修理できませんでしたので)、修理したということになります。
日本側が兵器の修理能力を持っていたなら、駆逐艦「雪風」(史実では1946年12月30日に中華民国に引き渡し)、駆逐艦「響」(1947年7月5日にソ連に引き渡し)の主砲塔や魚雷発射管を、ゴジラ戦前に復旧したはずですが、その様子はありません。
こうしたことから考えるなら「高雄」はレイテ沖海戦に参加せず、海戦での損傷を受けないままで終戦を迎え、イギリスに接収されたと考えるのが妥当でしょう。
強烈な印象を与えた「戦闘機」 史実では開発中に終戦を迎えたが?

「高雄」乗組員は、終戦時に817名が所属していましたが、660名がマレー半島西岸のパトパハで2年間、強制労働に従事していました。こちらについては強制労働を終わらせ、「高雄」に復帰させた、という解釈は可能です。
「高雄」「雪風」「響」以上に史実から離れていると考えられるのは、主人公が搭乗してゴジラと戦う、局地戦闘機「震電」です。
劇中では「少数機が戦力化されていた」と説明されています。史実における「震電」は終戦時に未完成であり、全力飛行試験を行っていない状態でした。後ろにプロペラがある「エンテ式」航空機への経験がない日本海軍は、空冷エンジンの冷却方法や、プロペラのトルクにより、機体が傾斜する問題を解決できず、対処の途中で終戦となったのです。
実際の「震電」は「まともに飛んでいない」状態ですから、それを実用化するためには試験飛行や設計変更などが必要であり、「雷電」などの例を見ても、1~2年はかかると考えられます。
つまり、史実をベースに考えるなら、
(1)「戦争が1945年8月で終わらず「震電」の開発が史実より進んだ(クロスロード作戦なども、史実より後に行われた)」
(2)「アメリカ軍が興味を示し、開発継続を命じた」(史実でも「修理して飛ばして見せろ」と命じてはいます)
(3)「史実より航空技術力が高く、早期に『震電』を開発していた」
のいずれかだと思います(3の場合は、主人公が冒頭で零戦に乗ることが不自然となります。ただし「四式中戦車」を実用化しているようなので、全体的に技術レベルは高いです)。
どちらの場合でも、ゴジラの現れる直前まで「震電」は開発を続けられており、「少数実戦配備もされていた」ということなので「アメリカ軍の実験的戦闘機として配備されていた」可能性すらあります。
クロスロード作戦が遅れた、というのは劇中描写としてやや考えにくいですし、民間人が独自に「震電」開発を継続できる時代ではありませんから、(2)のアメリカ軍の関与が一番自然ではないかと思います。
もっとも、アメリカ軍は史実では1945年の時点でジェット戦闘機「P-80」を実用化していますので、普通に考えるなら、プロペラ機の「震電」には興味を示さないでしょう。
つまり『ゴジラ-1.0』の世界線は、何らかの理由でジェット機の開発が遅れている可能性が高いです。「プロペラ機として究極の発展型にも見える『震電』に、アメリカ軍が興味を示した。アメリカ軍の協力もあって、機体の問題は解消され、ドイツ式の脱出座席も取り付けられた」が、一番妥当な解釈かもしれません。
(安藤昌季)


