マグミクス | manga * anime * game

漫画家としての挫折が『ガンダム』を生んだ? 安彦良和、一生に一度の持ち込みは伝説のコミック誌

安彦良和、一生に一度の「持ち込み」の結果が変えた運命

2024年に漫画家生活45周年を迎える安彦良和さんの人気作を集めたビジュアルガイド『安彦良和の歴史画報』(玄光社)
2024年に漫画家生活45周年を迎える安彦良和さんの人気作を集めたビジュアルガイド『安彦良和の歴史画報』(玄光社)

 持ち込んだ作品は、明治時代の農民による武装蜂起「秩父事件」を扱った短編『繭こもり』で、雑誌は「月刊漫画ガロ」(以下、ガロ)。創刊当時、白土三平さんの『カムイ伝』で大ヒットを巻き起こした日本初の青年マンガ雑誌で、「COM」のライバル誌でした。

 安彦さんが「ガロ」に持ち込んだ1973年頃、すでに『カムイ伝』も完結し、「ガロ」の勢いも鈍くなっている時期でした。発行元の青林堂の創業者でもある編集者、長井勝一さんが直接、原稿を読んでくれたそうです。

 その場では好感触だったようで「今月号は校了済みなので、後になります」と言われたので、安彦さんは次号もしくは次々号に掲載されるのかと待っていたら、連絡も掲載もないまま数か月が経過しました。そこで安彦さんは「没をお茶を濁して言ってくれたんだな」と思い、有名な編集者である長井さんに読んでもらえて満足したそうです。

 それを機に安彦さんは、漫画家への未練を断ち切り、目の前にある仕事に集中しようと、アニメーションに専念するようになります。そして、その原画やキャラクターデザインなどアニメーターとしての作家性が高く評価され、およそ5年後には富野由悠季監督とともに日本アニメーション史に残る金字塔『機動戦士ガンダム』を手掛けて、活躍の場をより多方面に広げていきました。『機動戦士ガンダム』から10年後の1989年に発表した漫画『ナムジ 大國主』以降は、創作の主軸をマンガに移し、現在に至ります。

 さて、安彦さんは、長井さんの言葉を社交辞令のように言っていますが、当時「ガロ」編集部にいた浜津守さんがSNSに興味深いことを記しています。

 安彦さんが持ち込んだ当時、「ガロ」編集部内は売れ行きが芳しくなかったことから、編集方針が分かれていたのだそうです。長井さんは『繭こもり』を載せたいと主張しましたが、新人やより実験的な表現、既存のマンガの枠を越えた作品を重視する方向が有力だったため、「これだけちゃんとしたマンガを描ける人なら他誌からでもデビューできるだろう」と判断して掲載を見送ったのだとか。

 浜津さんは、後にアニメーターに転身して『機動戦士ガンダム』の動画チェックをはじめ、安彦良和さんの監督作品に演出として参加していますが、これも縁というものでしょうか(転身後『繭こもり』についても安彦さんと話したそうです)。

『繭こもり』の原稿は、1998年「ガロ」休刊の際に返却されますが、同年に同じく秩父事件を扱い、後に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞、「漫画家・安彦良和」の代表作ともいえる『王道の狗』の連載が始まっているのも、何か運命じみたものを感じます。

「ガロ」での没によって、『機動戦士ガンダム』や『王道の狗』をはじめとする安彦さんの作家性が発揮される数々の名作が生まれたのです。

 最後に前述の雑誌の取材時、「ガロ」は原稿料が出ないことで有名ですが、もし『繭こもり』が掲載されていたらどうしたか、と安彦さんに尋ねました。安彦さんは「肉体労働しながら『ガロ』で描いていたかもしれない。だから載らなくて良かったですよ」と笑顔で答えました。

(倉田雅弘)

【画像】え、美麗すぎる…! これが安彦良和氏の描いた女性キャラたちです(5枚)

画像ギャラリー

1 2

倉田雅弘関連記事

もっと見る

編集部おすすめ記事

マンガ最新記事

マンガの記事をもっと見る