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『魔女の宅急便』が働く女性たちに支持された理由 仕事のスランプをどう乗り越える?

物語の流れを変えたのは「ニシンのパイ」

著:角野栄子『魔女の宅急便』(福音館書店)
著:角野栄子『魔女の宅急便』(福音館書店)

 荷物を届けた相手に喜ばれ、キキはうれしくて仕方ありません。働くことの対価としてお金をもらい、自分も社会人として認められたと実感できたわけです。働くことで、社会とつながることの喜びが伝わってきます。ところが、物語の中盤に登場する「ニシンとかぼちゃの包み焼き」をめぐって、キキの感情は大きく変わっていくことになるのです。

 上品な老婦人(CV:加藤治子)が丁寧に焼き上げた料理を、キキは雨でぐしょ濡れになりながらもパーティーで賑わう屋敷に届けます。玄関に現れた老婦人の孫娘(CV:鍵本景子)は「わたし、このパイ きらいなのよね」とうんざりした顔で受け取るのでした。苦労してパイを焼いた老婦人の想いが、孫娘には伝わらないことにキキはショックを受けてしまいます。

 パイをめぐる一件の後、キキは空を飛ぶことに憧れる少年・トンボ(CV:山口勝平)と仲良くなりますが、ちょっとしたことで仲違いしてしまいます。精神的に落ち込んでしまったキキは、空が飛べなくなってしまいます。黒猫ジジの言葉も聞き取れません。周囲の温かい愛情に支えられて生きてきたキキは、このとき本当の意味の試練を迎えたのでした。キキがどうやってこのスランプを克服するかが、『魔女の宅急便』の大きな見どころです。ちなみに「ニシンのパイ」ですが、調べてみたところ、スウェーデンの伝統料理というわけではないようです。

スランプ中の体験が飛躍の手がかり

 社会人になって間もない新人時代は、上司やお得意さんから「頑張ってるね」「いいんじゃない」などと褒めてもらえ、やる気が出るものです。でも、仕事に慣れてくると、周囲はそう簡単には褒めてくれなくなってきます。仕事の範囲が広がれば、自分とは異なる価値観の持ち主たちとも接するようになります。自分では努力しているつもりなのに、成果が出せない時期もあります。周囲にチヤホヤされずとも、自分で考えて行動することが必要となってきます。

 スランプ状態にあったキキは、森の中で暮らす絵描きのウルスラ(CV:高山みなみ2役)との交流を深めるようになります。いつも明るいウルスラですが、絵描きとしての悩みがあることをキキは知ります。キキ役の高山みなみさんが声を演じ分けたウルスラは、魔女の道を選ばなかったもうひとりのキキなのかもしれません。宅配サービスは休業状態だったキキですが、静かにゆっくりと内面的な成長を遂げていくことになります。

 楽しさだけで夢中になっていた新人時代を終え、人生のスランプを克服することで、ようやく本当の社会人と呼べるのかもしれません。少女時代と決別する一抹のさみしさはありますが、一人前の社会人になることで自分自身も職場も街も人間関係も俯瞰して眺めることができるようになります。それは、空を飛ぶことと同じくらい愉快な体験ではないでしょうか。

(長野辰次)

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