時代の先を行き過ぎた任天堂の失敗ハード&周辺機器…いまだ追いつけていないかも!?
ユーザー作品のネット公開もできたのに……時代を先取りしすぎた64DD
そして「サテラビュー」(1995年発売)は、スーパーファミコン専用の衛星データ放送サービスの受信機です。本体価格は1万8000円、BSアナログチューナーやBSアンテナが別途必要であり、決して安いお買いものではありません。が、ハードを一式そろえれば、その後は完全に無料でした。
キャッチコピーの「宇宙から新しいゲームが降り注ぐ」通り、衛星放送でゲームやデジタルマガジンがやって来ました。要はダウンロード配信の先がけであり、『タモリのピクロス』や『ワリオの森 爆笑バージョン』などが次々と遊べました。音声放送と制限時間付きのゲームが連動した『BSゼルダの伝説』は、ほかのゲーム機ではあり得ない試みでしょう。
ユーザーにも好評だったものの、任天堂と協力会社のSDAB(衛星デジタル音楽放送株式会社)の方向性が違ったため、2000年にはサービス終了を迎えました。約200万台売れたという説もあり、インターネット時代が来るのを待てず、前のめりに倒れたという印象です。
NINTENDO64用の磁気ディスクドライブ「64DD」(1999年発売)は、通信にも対応してサテラビューの志も受け継いでいました。が、最終的なユーザー数は1万5000人とも1万人ともいわれており、日本国内のみの展開だったとはいえ、N64の国内累計出荷台数554万台に対して、圧倒的に低い数字となってしまいました。
最初に64DDが発表されたのは1996年末で、インターネット接続もあり、データの一部を書き換えることで新キャラや新ステージの追加もできるなどと告知され、大いに期待を集めていました。『スーパーマリオ64-2』や『ポケットモンスター64』も予告されたのですから、盛り上がるのも当然です。
もっとも、N64本体が初代PlayStationやセガサターンが大人気のなかで苦戦を強いられたためか、何度も延期を重ね、実際に64DDが発売されたのは3年後の1999年末でした。
しかも、一般販売はされず、ネットワークサービス「ランドネット」の専用端末として売り出されました。さらに加入にはクレジットカードが必要なため、子供にとっては非常にハードルが高くなっています。
対応タイトルは10本に過ぎず、ランドネットも2001年2月にサービスを全面終了してしまいました。とはいえ、非常に革新的なゲーム『巨人のドシン』は後にゲームキューブで再登場し、描いた絵やパラパラマンガをアップロードして公開できる『マリオアーティスト ペイントスタジオ』は『スーパーマリオメーカー』に先んじています。
またファミコンやスーパーファミコンのゲームを配信する計画(実現せず)は、Nintendo Switch Onlineでのレトロゲームの原型であり、もともと『どうぶつの森』も64DD用のダンジョンRPG企画が出発点でした。ほか『マリオアーティスト ポリゴンスタジオ』内のミニゲーム『サウンドボンバー』は、後の『メイド イン ワリオ』にソックリです。
ようやくインターネットが広く普及したことで、時代が任天堂の「失敗ハード」に追いつきました。が、3D立体視に関しては、まだまだ人類はファミコン3Dシステムやバーチャルボーイの域に達していないようです。
(多根清史)