「あんな辱めを…」『Zガンダム』“男性の道具”として扱われることに絶望したレコア・ロンドの悲劇
レコアがエゥーゴを裏切ったのはなぜ?

●軍隊という男性中心の組織で生きてきたレコア
本作は戦争を描く作品であり、描かれる組織は男性中心の軍隊です。ティターンズにせよ、エゥーゴにせよ、構成員の大半は男性であり隊を指揮するのは男性です。幼い頃に戦争で両親を失い、少年兵として早くから戦争に関わることになったレコアは、もしかしたら男性優位の組織の価値観を内面化させていた可能性もあるでしょう。
その男性的な社会のなかで、どのようにポジションを獲得せねばならないか、ということを自然と考えねばならないような環境にいたと思います。危険な潜入任務をあえて引き受けるのもそのような思いがあるのかもしれません。ましてエマという優秀な女性が入ってきたので、なおさら自身の有用性を証明しないといけない立場ともいえます。
しかし、その任務中に自分が女であることをいやがうえにも意識させられる屈辱を味あわされたと考えると、彼女のトラウマが非常に重いものだといえるでしょう。
一般に性被害者はPTSDのような症状に陥ることもあり、自暴自棄の自傷行動に走ることもあります。それほど、性暴力は心に大きな傷を残すものです。レコアは危険な任務にばかり就くことを、「そういう性分」と語っていますが、後半の行動には自傷的な衝動があったとも解釈可能かもしれません。
そして、その彼女の心の傷にアーガマの面々が気付くことがないことが、彼女の孤立感を深めていったと考えられます。男性の鈍感さもありますが、男性優位の社会のなかで弱みを見せまいと頑張らねばならない少数派の女性の苦しさが表れている部分といえるかもしれません。弱みを見せれば、軍隊のような男性的な組織では侮られることもあるでしょう。
レコアは理解者を求め、それが皮肉にもティターンズのシロッコでした。少なくともレコアはそのように感じて裏切ることになるわけですが、この行動には、性被害に遭って男性嫌悪的になっているにもかかわらず、男性からの承認を求める矛盾があります。
しかしながら、幼い頃に両親を失い、自我の確立が不十分なまま、軍隊という男性優位の組織のなかで生きてきたレコアは、女性として男性に従属することが生存戦略だと思わされるような環境にあったのかもしれません。
この引き裂かれた感情に、レコアは苦しんでいたのではないでしょうか。嫌悪は強い承認欲求の裏返しであることは、よくあることです。レコアにはこの裏返しとしての嫌悪と承認欲求が見て取れるような気がします。
一方のエマは軍人家庭出身で不自由のない家庭環境だったと思われ、自分の価値観と信念に従い物事を決められる人物として描かれます。レコアは依存体質のために外部からの(特に男性の)評価にこだわり、エマはそれに囚われない。その非対称さが、レコアの悲劇をより強調しているように思えてなりません。
●戦争中毒者としてのレコア
また、レコアの危険を顧みないような行動心理はPTSD的な自暴自棄以外にも戦争中毒的な面もあるのかもしれません。戦場カメラマンがこの症状に陥ると、どんどん危険を顧みずに危険な戦場を求めてしまうことがあるとわれます。
眼帯をつけた女性カメラマンとして有名なメリー・コルヴィンを描いた実写映画『プライベート・ウォー』という作品があります。この映画では、コルヴィンを危険な場所に惹かれてしまう中毒性と戦争の真実を伝える使命感に引き裂かれた人物として描いていました。レコアの理屈では説明しきれない危険な場所に赴いてしまう感覚は、これに似ていると筆者には思えました。
レコアはあまりにも長い間、戦争のなかで生き過ぎたのかもしれません。戦争がなければ普通に生きられたはずの人が、「男性の道具」として戦場で扱われ、自分が「人間」ではなく「女」としてしか価値がないと思わされてしまったことの悲劇を一身に背負うキャラクターのように筆者には見えるのです。
(杉本穂高)





