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宮崎吾朗監督はスタジオジブリの転換点にいた…『アーヤと魔女』で注目すべき「新たな風」

ジブリ再起動の幕開けを飾る問題作『アーヤと魔女』

『山賊の娘ローニャ』Blu-ray第1巻(ポニーキャニオン)
『山賊の娘ローニャ』Blu-ray第1巻(ポニーキャニオン)

『山賊のむすめローニャ』は2014年10月から2015年3月まで放送されましたが、同時期にスタジオジブリも大きな転換期を迎えていました。2014年8月に制作部門の休止が発表され、同年末をもって制作部門の社員全員が退社することになったのです。1989年にアニメーターの社員化、常勤化を打ち出し、待遇と地位の向上をはかってきたスタジオジブリにとっては苦渋の決断であったことでしょう。

 その後2017年、スタジオジブリから宮崎監督の新作『君たちはどう生きるか』の制作開始に伴う制作部門の活動再開と、新人アニメーターの募集が発表されました。冒頭で挙げた宮崎監督が鈴木プロデューサーに『アーヤと魔女』の企画を相談したのが同年と言われています。

 吾朗監督が宮崎監督から『アーヤと魔女』の企画を任された時、すでにスタジオジブリで馴染みのあるアニメーターたちの多くは『君たちはどう生きるか』に動員されていました。窮地とも思える状況ですが、吾朗監督はそれを逆手に取るかのように、スタジオジブリでは初となるフル3DCGの制作に踏み切ります。

 この理由について吾朗監督は前作『ローニャ』の経験から「手描きのアニメーションだと描ける人が限られる。絵が上手くてさらにキャラクターを動かせる人はそんなにたくさんいませんから。ただCGだったら、いろんな人の手を経てブラッシュアップしていくことができます」と語っています。

 同時に、「フル3DCGでやれば(上の世代の)介入の余地は相当狭まるはずだという目論見はありました」とも(※丸カッコ内は筆者が加筆)。

 もちろん、CGアニメにもアニメーターの才覚は反映されますが、タッチや動きが数値化できない分、手描きのアニメのほうが個人の才覚に左右される部分は大きいといえます。前者の発言は、そうしたスタジオジブリ作品の醍醐味でもある、宮崎監督を筆頭とする手練れのアニメーターたちによる手描きの作画に、CGで対抗しようかとしているようです。

 そして後者の発言とあわせると、これまで限られた才能ある先人たちに左右されてきたスタジオジブリの将来を、新しい技術によってより多くの人材が参加できるものに改革しようとの決意とも取れるのです。

 TV放送をご覧になった方や、原作をお読みの方はご存じの通り、『アーヤと魔女』は、したたか少女アーヤが周囲の大人たちの気持ちをうまく操り、元気に生きていく物語ですが、鈴木敏夫プロデューサーは、アーヤの頭が回る点が本作の魅力になると同時に、観客に「意地悪」と取られないか心配していたそうです。

 確かにアーヤの強かさや過激さ、大胆さは、これまでのスタジオジブリ作品のヒロインとしては異色のものです。それが全編を通して観ると「不思議なことにイヤなところが可愛く見えた」、そして「アーヤは宮崎吾朗そのもの」だとも。

 住み慣れた孤児院を離れて、魔女の家で助手として働きながら、徐々に自分の立場を確保していくアーニャの姿は、どこか『ゲド戦記』『コクリコ坂から』を経て、スタジオジブリから一度離れた先で3DCGという魔法を手に入れた吾朗監督が、宮崎監督や鈴木プロデューサーの圧をうまく取り成しながら、自分の映画を完成させていく姿に重なるものがあります。

 特に、原作はおろか脚本にさえなかったのに、吾朗監督が絵コンテでアーヤのお母さんのロックバンドにまつわるエピソードを追加したのは、色々な意味で象徴的です。これまでスタジオジブリの作品では、ほとんど取り上げられることのなかったロックを、それも3DCGで描く。そこにはロックがイメージさせる自由への欲求や抑圧への抵抗と、ビジュアル的にも音楽的にも新たな挑戦を臨む姿勢が感じられました。

 スタジオジブリにとっても、吾朗監督にとっても再起動を飾る作品となった『アーヤと魔女』ですが、スタジオジブリに新たな熱い風を吹かせることができるのでしょうか。ぜひあなたも映画館で確かめてみてください。

(倉田雅弘)

※参考・引用文献
・『ロマンアルバム アーヤと魔女』(徳間書店刊)
・『どこから来たのか どこへ行くのかゴロウは?』聞き手 上野千鶴子 写真と言葉 Kanyada(徳間書店)
・『風に吹かれて』鈴木敏夫(中央公論新社)
・スタジオジブリの歴史(スタジオジブリ公式サイト)

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