不便だけど夢中で遊んだ「初代ゲームボーイ」あるある 弱々しく光る赤ランプを応援!
電池はガムテープで止める!?

「ゲームボーイ専用充電式アダプタ」という周辺機器もありましたが、基本的には単三電池を4本入れて遊びます。電池は背面のカバーをとって入れますが、このカバーを無くしてしまう子がいて、荒々しくガムテープで止めて遊ぶ姿も。
画面の左側に赤ランプがあって、本体起動中はこれが光りますが、電池の残量が少なくなると光が弱々しくなっていきます。電池を交換すればいいわけですが、子供は常に新品の電池を用意できるとは限りません。あまりにたくさんゲームを遊んで電池切れを繰り返すうち、両親に怒られる子もいました。自分のおこづかいで買うとなれば、痛い出費でもあります
ランプの光が消えそうになると、もう少しだけ、あとちょっと、あとちょっと頑張ってくれと、心の中で赤いランプを応援しながら遊んだりしたものでした。
●「ポケモン」が発売されたのは、実は発売7年後
ゲームボーイといえば、「ポケモン」シリーズが初めて発売されたハードでもあります。しかし、『ポケットモンスター 赤・緑』が発売されたのは1996年、ゲームボーイ発売のなんと7年後になります。しかも、初代「ポケモン」は発売と同時に大ヒットしたわけではなく、じっくり時間をかけて浸透していきました。新型ハードとともに鳴り物入りで登場して瞬く間に大ヒット、というわけでは決してなかったのです。
「ポケモン」の人気に火がついてくると、やっぱり通信交換、通信対戦がしたくなります。当時はインターネット、ワイヤレス通信なんてものは普及していませんでしたから、通信ケーブルで2台のゲームボーイを物理的につなげて遊びます。これもみんなが持っているわけではないので、この通信ケーブルを持っている子はクラスのヒーローになれたなんて話も。
今やNintendo Switchはドックで簡単充電、画面は美しく本体は薄くて、常時インターネットにつながっています。「ポケモン」の対戦や交換なんて世界中の人とできてしまいます。それと比べれば、なんとも不便な時代ですが、それでもゲームを持ち歩けるという体験は素晴らしく、多くのゲームユーザーが夢中になり、そこから携帯ゲーム文化が大きく発展していくことになります。そしてスマートフォンの普及もあり、「TVゲーム」という言葉はいつしか使われなくなりました。いつでも、どこでも、快適に、鮮やかで美しく大迫力のゲームが遊べるからです。弱弱しい赤ランプを応援していたあの時は、まさにゲームの大転換期だったと言えます。
(田下広夢)


