アニメ開始の69年にサザエさんたちと同い年だった有名人は? 当時の24、28歳が豪華
サザエさん、マスオさん同い年の有名人
高度経済成長期のスターたち

1969年時点で満年齢24歳だった女性有名人は、太平洋戦争が終戦した1945年生まれです。激動の年に生まれ、激動の高度経済成長期に青年時代を迎えた世代でした。平成以降の生まれの人でも名前は聞いたことがありそうな人を挙げると、
松原智恵子(女優、タレント)
吉永小百合(女優、歌手)
宮本信子(女優、歌手)
松島トモ子(女優、歌手、タレント)
水前寺清子(歌手、女優)
富司純子(女優、司会者)
上記のような方々がいます。これでもだいぶ絞ったのですが、日本の国力の高まりとともに芸能界も幅広くなり、女性の社会進出が進んだ状況もあって、現在も活躍している方も多いビッグネームが並んでいます。
参考までに当時の芸能界の情報を添えておくと、日本はもともと世界的に見てもかなり映画産業の盛んな国なのですが、それでも戦争の影響は大きく、終戦した1945年の日本映画の製作本数はわずか26本に過ぎませんでした。それが1961年には、大手6社で520本もの映画を制作しています。どれほど芸能界が元気だったかがうかがえる数字ですね。
少々脱線しましたが、挙げた名前でもなんとなくサザエさんとイメージがかぶるのは、コミカルなイメージもある水前寺清子さんでしょうか。最も有名な「三百六十五歩のマーチ」が発表されたのが1968年で、サザエさんと同年代になります。
当時のレコードジャケットに映った姿を見ると、若々しいながらも現代の20代よりも落ち着いて貫禄もあり、サザエさんと同世代であることに納得がいきます。
一方、1969年時点でマスオさんと満年齢28歳だった男性有名人も、太平洋戦争が開戦した1941年生まれで、激動の時代に生まれ、激動の高度経済成長期に青年時代を迎えた世代です。スポーツマンや芸術家などの有名人も含めると、
宮崎駿(アニメーション監督・アニメーター・脚本家・漫画家)
小林稔侍(俳優)
石坂浩二(俳優、タレント)
萩本欽一(お笑い芸人、司会者)
徳光和夫(アナウンサー、司会者、タレント)
橋爪功(俳優)
林家ペー(タレント、漫談家、写真家、落語家)
渡哲也(俳優、歌手)
安藤忠雄(建築家)
高木守道(プロ野球選手)
など、現在も活躍されている方も多い、そうそうたる面々が並びます。まだ60年代ということもあり、俳優からアニメ界の大御所、お笑い芸人、アナウンサー、建築家、スポーツ選手まで男性限定のこちらの方がよりバラエティ豊かです。戦争末期の1945年は社会情勢から出生数が激減していたであろうことが予想され(前述のとおり1944年から1946年は厚生労働省の統計データなし)、おそらく1941年の方が出生数が多い(227万7283人)ことも関係しているかもしれません。
イメージ的にマスオさんと重なるのは、真面目で朴訥としたイメージの強い石坂浩二さんでしょうか。80歳を過ぎた大ベテランですが、人気シリーズ『相棒』に準レギュラー格で継続して出演しているなどまだ現役感が強く、10代、20代の若い方にもピンとくる人が多いのではないかと思います。
ちなみに『サザエさん』の放送が始まった翌年(1970年)に公開された映画『風の慕情』は石坂さんの初主演映画で、サザエさんと同い年の吉永小百合さんとのダブル主演です。ふたりとも20代の若者ですが、今の若者よりもだいぶ落ち着いた雰囲気に見えます。
(ニコ・トスカーニ)



