大女優・八千草薫さんをめぐる伝説。実はアニメや特撮映画にも影響?
美しさの奥に隠された人間性

多くの映画に出演していた八千草さんですが、谷口監督との結婚後は映画の出演本数がぐんと減ってしまいます。そんなときにオファーされたのが『ガス人間第一号』でした。
『ガス人間第一号』の脚本家・木村武(馬淵薫)は、谷口監督と仲の良かった本多監督の『空の大怪獣ラドン』(1956年)など、ドラマ色の強い特撮映画を得意とし、谷口監督とも『大盗賊』(1963年)や『奇巌城の冒険』(1966年)でタッグを組むことになります。八千草さんの『ガス人間第一号』へのキャスティングは、宝塚出身で踊りの素養があることに加え、美しさの裏に隠された激情家という彼女の内面を汲んだ上でのものだったようです。
藤千代と水野との悲しいロマンスを描いた『ガス人間第一号』は海外でもヒットし、東宝特撮映画の中でも、ひときわカルト的な人気を得ることになります。続編『フランケンシュタイン対ガス人間』も企画されていましたが、続編の脚本からは木村武は降りています。死んだ藤千代をフランケンシュタイン博士の力を借りて蘇らせようというグロテスクな内容は、独自の美学で貫かれた脚本家・木村武の作風には合わなかったようです。脚本家の木村武もまた、藤千代の美しさに深く魅了されていたのかもしれません。
八千草さんはその後、活動のベースをTVドラマへと移すことになります。中でも1977年に放映された山田太一脚本の連続ドラマ『岸辺のアルバム』(TBS系)は、TVドラマ史に残る名作と評されています。八千草さんは貞淑な人妻が不倫へと走る心の揺れを見事に演じ、女優としての評価を高めました。
また、谷口監督とは「おしどり夫婦」と呼ばれ、谷口監督が2007年に95歳で亡くなるまで添い遂げています。八千草さんの著書『優しい時間』(世界文化社)には、夫婦共通の趣味だった冬山登山を共に楽しんだ思い出が綴られいます。
女性の持つ外見的な美しさや優しさだけでなく、内に秘めた激しさ、一途さも教えてくれた八千草さんのご冥福をお祈りします。
(長野辰次)