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SG-1000はなぜ「成功」といえるのか ファミコンと同日発売 セガ初の家庭用ゲーム機

急きょ「ファミコン並み」にコストダウンしたフットワークの軽さ

本来は主役になるはずだったゲームパソコン「SC-3000」。キーボード内蔵で3万円を切る価格は当時としては驚異だったが、ファミコンに対抗するためにコストダウン版のSG-1000が脚光を浴びることに (画像:セガ)
本来は主役になるはずだったゲームパソコン「SC-3000」。キーボード内蔵で3万円を切る価格は当時としては驚異だったが、ファミコンに対抗するためにコストダウン版のSG-1000が脚光を浴びることに (画像:セガ)

 そもそも、なぜセガ家庭用ハードにとって原点となったSC-3000/SG-1000は誕生したのでしょうか。その理由のひとつは「任天堂が家庭用ゲーム市場でうまくやっていたから」です。

 まだファミコンが世に出る前の任天堂は、「元祖携帯ゲーム機」こと「ゲーム&ウォッチ」が売れに売れていましたし、それ以前の据え置き型ゲーム機「カラーテレビゲーム15」などもそこそこ順調だったようです。セガも任天堂も業務用ゲームに深く関わっていたことから、ライバル意識もあったのでしょう。

 もうひとつの背景としては、1982年から翌83年にかけて、安価なホビーパソコンが次々と登場したことです。トミーの「ぴゅう太」やソードの「M5」、バンダイから「RX-78」(ガンダムと同じ型番)、海外からも「コモドール64」などが渡航してくるなどしています。

 そのどれもが、従来のパソコン(ないしマイコン)ほど高価ではなかったとはいえ、数万円はしました。M5が5万円を切る価格で安いと驚かれたくらいです。

 そのようななか、SC-3000は2万9800円という破格の「低価格」でした。「約30000円」→ケタが多いので「3000」が名前の由来であり、価格破壊が最大の武器という狙いです。そのため、ほとんどのパソコンで内蔵していたBASICを別売りにしたり、思い切ったコストダウンを図ったりしていたのです。

 ところが、SC-3000の開発がおおむね終わった頃、当時の中山隼雄社長は、任天堂がゲームに特化したマシンを出すという情報をキャッチしました。そこで鶴のひと声で、キーボードを取り払ったゲーム専用機の開発を指示し、SG-1000が誕生することになります。

 発売日はファミコンと同じ1983年7月15日、価格は1万5000円でファミコンとほぼ互角です。グラフィック表示能力などは明らかに劣っていましたが、ここまで価格的に食らいついたライバルハードは当時ありませんでした。さらに、ファミコンの初期ロットには次々とバグが見つかって、クリスマス商戦時に対象のロットは全品回収となり、セガにとって追い風となります。

 しかもSC-3000/SG-1000は、セガ社内で必死に開発したわけでもなく、外部のフォスター電機にほぼ丸投げでした。それでSG-1000だけでも16万台も売れたなら、大成功に思えますよね。

 こう振り返ると、「ほぼ任天堂のおかげで予想以上に成功」という印象はあります。実際、当時のセガ社員もデパートで販売の応援にかり出され、SG-1000を「セガのファミコンです」といってお客に売り込んだという証言も残っています。

【画像】見たことある? 「セガサターン」背面の「拡張スロット」カバー開けてみた!

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