『火垂るの墓』“西宮のおばさん”は正しかったのか? 高畑監督が危惧した「おそろしい」未来
時代によって逆転する清太とおばさんへの印象

高畑監督は、バブル経済真っ盛りだった時代に『火垂るの墓』を制作しようとした理由として、1987年の記者発表用資料で次のように語っています。
「もしいま、突然戦争がはじまり、日本が戦火に見舞われたら、両親を失った子供たちはどう生きるのだろうか。大人たちは他人の子供たちにどう接するのだろうか」
つまり、『火垂るの墓』は、現代の若者のような少年が戦争に巻き込まれたらどうなってしまうのかを描いた作品だということです。家族との絆も、近隣との交流も、助け合いの精神もなくなり、かろうじて社会的な保護のなかで生きている現代の人びとを、戦争のような災禍が襲ったらどうなるのか。それを高畑監督は考えていました。
「戦争でなくてもいい、もし大災害が襲いかかり、相互扶助や協調に人を向かわせる理念もないまま、この社会的なタガが外れてしまったら、裸同然の人間関係のなかで終戦直後以上に人は人に対し狼となるにちがいない」(記者用発表資料より)
「狼」というのは戦争中の人びとの心の状態を指しています。高畑監督は2015年の朝日新聞のインタビューで、「誰もが、あの西宮のおばさんのような人間にすぐになっちゃうんじゃないか、と。見た人は、そこに怯(おび)えてほしいんですね」「自分が今は善人になっているかもしれないけど、必ずしも善人を貫けない危険性は常にはらんでるっていうようなこと」と話しています。
戦争が始まれば誰しもが「善人」でいられず、幼い兄妹を突き放すようなおばさんの言葉も正論になります。おばさんが特に悪人だったのではなく、みんなそうだったのです。なぜなら、戦時中の日本は「社会生活の中でも最悪最低の“全体主義”がはびこっていた」からだと高畑監督は答えています(『アニメージュ』同前)。
『火垂るの墓』が描いた戦時中は、清太は異端で、おばさんは普通でした。戦後40年経っていた映画公開当時は、清太のような若者がたくさんいて、おばさんには否定的でした。そして映画公開からさらに40年近く経った今、また時代は逆転しつつあります。
「清太はクズ」「おばさんは正しい」という声はその一端です。食べたければお国のために働け、貧しければ嫌味を言われても我慢しろ、弱い者は死んでも仕方がない。貧しくなり、大きな災厄を何度も経験した日本社会に、戦時中と同じ考え方が浸透しつつあると言えるのではないでしょうか。高畑監督は未来について、このように語っていました。
「もし再び時代が逆転したとしたら、果して私たちは、いま清太に持てるような心情を保ち続けられるでしょうか。全体主義に押し流されないで済むのでしょうか。清太になるどころか、未亡人以上に清太を指弾することにならないでしょうか、ぼくはおそろしい気がします」(『アニメージュ』同前)
『火垂るの墓』という作品を通して、「戦争と人の心、そして人々のつながりを考える糸口のようなもの」を若い人たちに見出してもらえるのではないかと高畑監督は期待していました。清太とおばさんの言動は、それを考える大切なきっかけになっていると思います。
(大山くまお)



