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『火垂るの墓』“西宮のおばさん”は正しかったのか? 高畑監督が危惧した「おそろしい」未来

スタジオジブリ作品の中で初めて日本のNetflixで配信されることになった『火垂るの墓』について、注目度が高まる今だからこそ、清太とおばさんについて考えてみました。

「特に冷酷でもなんでもなかった」おばさんの言葉

画像は『火垂るの墓』静止画より (C)野坂昭如/新潮社, 1988
画像は『火垂るの墓』静止画より (C)野坂昭如/新潮社, 1988

 2025年7月15日よりNetflixで高畑勲監督『火垂るの墓』の配信がスタートしました。また、終戦から80年を迎える8月15日の「金曜ロードショー」(日本テレビ系)で7年ぶりに地上波放送されます。

 不朽の名作といわれる『火垂るの墓』について、たびたび「清太はクズ」「西宮のおばさんは正しい」「兄妹が死んだのは清太の自己責任」という声があがります。清太と節子の兄妹は、西宮のおばさんの家に身を寄せますが、待遇の違いや「疫病神」などの嫌味に我慢しきれず家を飛び出してしまい、やがて死に至ります。1988年の公開当時は「おばさんはひどい」と非難する声が多かったようですが、現在は次のようなおばさんのセリフに共感する人が増えています。

「ええ加減にしとき。うちにおるもんは昼かて雑炊や。お国のために働いてる人らの弁当と、一日中ブラブラしとるあんたらとなんでおんなじやと思うの」

 はたして本当に「清太はクズ」で「おばさんは正しい」のでしょうか。高畑監督の言葉や意図を通して考えてみましょう。

 14歳の清太は、どこか浮世離れした少年です。戦時中のスタンダードだった愛国少年ではなく、社会的なかかわりに背を背けて、幼い節子とふたりだけで暮らそうとしていました。当時は10歳未満の子供でさえ、大人を積極的に手伝わなければ叱責されていた時代です。そのなかで清太の反時代、反社会性は際立っています。

 高畑監督は清太を「現代人の価値観に近い」と捉えていました。「アニメージュ」1988年5月号のインタビューでは、清太について「人とのつながりを積極的に求めるどころか、次々とその機会を捨てていきます」と語っています。このような清太の態度は、社会生活のわずらわしさを拒否し、自分だけの世界に閉じこもって生活している現代人の価値観と共通しているというわけです。

 社会との関わりを自ら絶った清太は、結果的に節子を死なせて、自分も死んでしまいます。だからといって、高畑監督は清太を批判的に捉えてはいません。前出のインタビューでは「清太は大変充実した生を生きたと思います」と語っていました。

 では、西宮のおばさんの言葉は正論なのでしょうか。先に取り上げた言葉のほかにも、夜泣きする節子に腹を立てて「せめてあんた泣かせんようにしたらどないやの!」と清太を非難したり、家を出ていく兄妹を見て「ほなまぁ、気いつけてな」と送り出したりしていました。

 高畑監督は「アニメージュ」のインタビューで「あの時代、未亡人(※おばさんのこと)のいうことぐらい特に冷酷でもなんでもなかった」と語っています。映画公開後に行われた講演では、「当時の状態を経験した人は、あの程度のいやみは特別のことでもなんでもなく、ひどい『いじめ』といえるかどうかさえ怪しいことを知っています」と指摘していました(『映画を作りながら考えたこと』より)。

 おばさんの態度は戦時中としては当たり前であり、あの当時の正論だったのです。

【画像】“おばさん”と呼べないほどの色っぽさ 『火垂るの墓』実写で「おばさん」を演じた美しすぎる女優を思い出す(5枚)

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大山くまお

ライター。映画、ドラマ、アニメ、マンガ、プロ野球、名言などについて執筆を行う。中日ドラゴンズファン。著書に『野原ひろしの名言 「クレヨンしんちゃん」に学ぶ幸せの作り方』(双葉文庫)、『名言のクスリ箱 心が折れそうなときに力をくれる言葉200』(SB新書)など。

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