世界が認めた『はだしのゲン』が日本で消される? 戦争の本質描く名作に「教育上良くない」との批判も
「コミック界のアカデミー賞」と呼ばれる米国アイズナー賞の殿堂入りを、手塚治虫氏、大友克洋氏、宮崎駿氏らに続いて果たした中沢啓治氏の代表作といえば、『はだしのゲン』です。世界25か国で翻訳出版されていますが、日本国内では近年は逆風が吹いているようです。その理由を探ってみました。
広島市の平和教材から消えた『はだしのゲン』

小学校や中学校の図書室に置かれているマンガに、歴史マンガや手塚治虫作品などがありましたが、中沢啓治氏の『はだしのゲン』を思い出す人も多いかと思います。太平洋戦争末期、広島市に落とされた原爆による悲惨な被爆状況と、被災した街を生き抜くゲン少年のたくましさが脳裏に焼き付く作品です。
6歳で被爆し、家族を失った中沢氏の実体験をもとにした『はだしのゲン』は、1973年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載が始まり、すでに50年以上も読み継がれてきた、大ベストセラー作品です。多くの公共図書館で『はだしのゲン』全10巻を読むことが可能です。
しかし、2023年には地元・広島市の平和教育の教材から『はだしのゲン』が姿を消すなど、近年は逆風が吹いているようです。『はだしのゲン』のどこが問題になっているのでしょうか。
『はだしのゲン』は「教育上よくない」?

広島市の教育委員会は、『はだしのゲン』を教材から外した理由を「被爆の実相に迫りにくい」と答えています。小学生のゲンと弟の進次が、病気の母親に滋養をつけさせようと立派な屋敷の庭に忍び込み、池にいる鯉を盗み出そうとする逸話が教材に使われていたのですが、そうした犯罪を想起させる行為が教育的に好ましくないと思われたようです。
ゲンと進次が街角で浪曲を披露し、通行人から投げ銭をもらうシーンの掲載もなくなっています。「今の子供たちは浪曲を知らない」という理由だそうです。
原作マンガを読まれた方はご存知でしょうが、これらのエピソードは原爆が投下される前の、いわばプロローグ的な出来事です。原爆の恐ろしさを伝える『はだしのゲン』の本質ではない部分が問題視されたわけです。
あいまいな理由から『はだしのゲン』に逆風が吹いている状況は、2025年11月14日(金)から公開のドキュメンタリー映画『はだしのゲンはまだ怒っている』で、取り上げられています。
戦後、被爆からかろうじて生き残った母と生まれて間もない妹のために、ゲンが闇米を懸命に持ち帰ろうとするシーンが『はだしのゲン』にはあります。ゲンは、米軍基地に潜入し、物資を無断で持ち出そうともします。
どれも違法行為ですが、食料や物資が欠乏していた戦時中や終戦直後は、そうしなければ一家そろって飢え死にするしかないという切迫した状況でした。『はだしのゲンはまだ怒っている』では、戦争体験者たちがインタビューに答え、「生き残った人はみんな法律を破っている」と答えています。
子供の教育上『はだしのゲン』はよくないという人たちは、戦争の恐ろしさを知らず、平和で豊かな社会で生まれ育った人たちでもあるようです。



