世界が認めた『はだしのゲン』が日本で消される? 戦争の本質描く名作に「教育上良くない」との批判も
「歴史認識」の違いが浮き彫りに
掲載誌を変えながら、1987年に全10巻として完結した『はだしのゲン』には、戦後復興を遂げつつある広島で、被爆者たちが原爆病に苦しみ、差別にも悩まされていることにゲンが怒り続けている様子が描かれています。また、高畑勲監督の劇場アニメ『火垂るの墓』(1988年)では描かれなかった、アジアの人たちへの日本の加害責任についても触れています。そうした箇所に対する、批判の声も少なくありません。
先述した『はだしのゲンはまだ怒っている』では、『はだしのゲン』に批判的な立場の人物にもインタビューし、『はだしのゲン』を描いた中沢氏とは「歴史認識」の違いがあることを浮かび上がらせています。
朝鮮戦争についての記述などは現代では注釈が必要かもしれませんが、被災直後の広島の「生き地獄」のような状況を『はだしのゲン』が克明に描いていることは誰もが認めるところでしょう。『はだしのゲン』に限らず、史実を題材にした作品を楽しむには、一定のリテラシー能力が必要なことは言うまでもありません。
意図的だった『はだしのゲン』の野暮ったさ

絵柄が古臭い、描写がグロい……といった声も若い世代からは聞こえてきます。
中沢氏は、中学卒業後は看板屋で働き、漫画家を目指して22歳で上京。野球マンガ『黒い秘密兵器』などで知られる一峰大二氏、さらにTVアニメ化もされた『タイガーマスク』などの売れっ子・辻なおき氏のアシスタントを務めながら、読み切りマンガを発表し、24歳で漫画家デビューを果たしています。
評論家の呉智英氏は『「はだしのゲン」を読む』(河出書房新書)に寄稿した記事のなかで、中沢氏は『はだしのゲン』を描くにあたり、劇画タッチの辻なおき系ではなく、野暮ったい一峰大二系の画風を意図的に選んでいる、と推論しています。『はだしのゲン』には悲惨な被爆体験だけでなく、ゲンが悪童ぶりを発揮するギャグシーンも数多く盛り込まれています。野暮ったいけれど元気な絵柄のほうが、『はだしのゲン』には適していたのでしょう。
「グロい」という指摘は、「週刊少年ジャンプ」連載時からありました。しかし、中沢氏は幅広く読まれる少年誌という掲載媒体であることを配慮し、被爆の実態を伝えつつも、グロくなり過ぎないよう最大限の注意を払っていたことが知られています。
ドキュメンタリー映画『はだしのゲンはまだ怒っている』を撮った込山正徳監督は、子供のころは『はだしのゲン』を読む機会がなく、最近になって読んだそうです。中沢氏が『はだしのゲン』に込めた熱いメッセージに感銘を受け、今回のドキュメンタリー作品の企画を立ち上げています。
「ユダヤ人差別を描いた『アンネの日記』に匹敵する戦争文学ではないでしょうか。子供の視点から、戦争の恐ろしさを描いている点でも共通しています。日本だけでなく、世界中の人たちに『はだしのゲン』を知って欲しい」と込山監督は語っています。
2012年に亡くなった中沢氏ですが、2024年に米国アイズナー賞で殿堂入りを果たし、『はだしのゲン』は世界25か国で翻訳出版され、米国をはじめ世界各国で読まれるようになっています。これまで『はだしのゲン』を敬遠していた人も、ぜひ手にされることをおすすめします。
(長野辰次)
●ドキュメンタリー映画『はだしのゲンはまだ怒っている』
企画・監督・編集/込山正徳
プロデューサー/高橋良美、木村利香 共同プロデューサー/大島新、前田亜紀
配給/アギィ 11月14日(金)より広島・サロンシネマ、11月15日(土)より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開
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