『まんが日本昔ばなし』はなぜ終了し、復活したのか? 「後世に残すべき」全1474本の軌跡
1975年から1994年まで放送された『まんが日本昔ばなし』は、さまざまなエピソードを通じて当時の子供たちに多くの教訓や道徳を教えてくれました。終了後も復活を望む声が多い名作でしたが、2025年になり公式YouTubeチャンネルが開設され配信が行われるようになりました。なぜ『まんが日本昔ばなし』は終わり、そして蘇ったのでしょうか?
日本の心を語り継ぐ「まんが日本昔ばなし」

日本各地に伝わる昔ばなしを映像化し、多くの子供たちに愛された『まんが日本昔ばなし』は、1975年から1994年まで放送された膨大な数のエピソードに登場する人物を、すべて市原悦子さんと常田富士男さんが達者な演技で演じ分け、多くの教訓や道徳を教えてくれた偉大な番組でした。
ちょっとした油断で人は簡単に命を落とすことを教えてくれた「吉作落とし」、小さな娘がうかつな言葉を漏らしたばかりに父親を人柱にされてしまう「キジも鳴かずば」、人の欲望の果てしなさを描いた『加茂湖の主』など、子供たちがひとりでトイレに行けなくなるような恐ろしいエピソードも数多く放送されていましたが、いま思えば世の中の恐ろしさを教えてくれた大切な時間だったと思えます。
そんな『まんが日本昔ばなし』がなぜ終わってしまったのか。20年近く放送を続けたことによるエピソード不足やマンネリ化などさまざまな理由が挙げられますが、最大の理由は、「裏番組」との壮絶な戦いがあったからです。
「プロ野球」以外にも強力な裏番組が

80年代までは、現在のように映像を見るための機材がたくさんあったわけではなく、TVが1台しかない家庭が一般的でした。しかも、プロ野球のTV中継が毎日のように行われており、アニメの放送が中止になることも多かったのです。『まんが日本昔ばなし』は土曜の19時から放送されていた地域が多く、お父さんが野球を見るのでアニメを見ることができず、悔しい思いをしていた方も多かったのではないでしょうか。
しかも、この時間帯は放送業界で最も視聴率を取りやすい「ゴールデンタイム」と呼ばれており、プロ野球以外にも強力なライバルが次々と登場していました。
まず挙げられるのが、1991年にスタートした「Jリーグ」の中継でしょう。当時は『キャプテン翼』を通じてサッカーに慣れ親しんだ人も多く、Jリーグは開幕と同時に爆発的な人気を獲得しており、『日本昔ばなし』にとってはかなりの脅威となりました。
次に。ビートたけし氏と故・逸見政孝氏が司会を務めた『たけし・逸見の平成教育委員会』も、大人層を中心に視聴者を獲得していました。
とどめともいえるのが、『美少女戦士 セーラームーン』の登場です。1992年から放送された「セーラームーン」は社会的現象とも呼べるほどの圧倒的な人気を誇り、いまも世界中で愛されるビッグコンテンツとして存在感を保持しています。
これだけの番組を相手にすれば、いくら愛され親しまれた『まんが日本昔ばなし』も太刀打ちはできません。1994年8月27日に放送された「飯降山(いぶりやま)」を最後に新作の制作は終了し、間もなく放送自体も終了を迎えました。
困難な作業を経て、「後世に残す活動」進む
しかし『まんが日本昔ばなし』を「後世に残すべき作品」として惜しむ声は多く、再放送やスペシャル枠での放送はたびたび行わわれ、2025年にはYouTubeでの配信も開始されました。
世代を超えて愛された作品で、復活を望む声も多かった作品ですが、全1474本に及ぶフィルムを現代のデジタルデータに変換するのは困難です。それでも著作権を管理する株式会社愛企画センターは令和の時代に「まんが日本昔ばなし」を送り届けるため、倉庫の中に眠っていたフォルムを探し、アナログデータをデジタルへと変換する地道な作業を開始したのです。
愛と執念、そして『まんが日本昔ばなし』は現代に必要な作品であるという確信こそが、この偉業を成し遂げる原動力となったのでしょう。
2026年8月には、『日本昔ばなし』の物語群を舞台化し、藤原紀香さんと気鋭の子役たちが演じる『「まんが日本昔ばなし」劇場』も予定されています。いまの日本から失われつつある道徳や畏敬、他人を思いやる心など、大切なものを教えてくれる作品群が令和の世に蘇ったことは、大きな意味があるのではないでしょうか。
(早川清一朗)





