『グーニーズ』はなぜ日本人に刺さるのか 失われた「土管のある空き地」の郷愁
かつてあった、子供たちだけの「共同体」

大人社会に疎外感を感じている子供たちの冒険という点は、スピルバーグ監督の『E.T.』と同じです。郊外の街で、子供たちだけの共同体「グーニーズ」が築かれています。しかし、スピルバーグ監督作品では子供たちが感じる疎外感が強く打ち出されるのに対し、アクション映画『リーサル・ウェポン』(1987年)などで知られるリチャード・ドナー監督が起用されたことで、『グーニーズ』は子供たちのワチャワチャ感がある、エンタメ度の高い冒険コメディとなっています。
80年代は子供たちを主人公にした冒険映画が次々と作られました。マウス役のコリー・フェルドマンが出演した『スタンド・バイ・ミー』(1986年)は、不朽の名作となっています。ドナー監督がプロデュースした『ロストボーイ』(1987年)や、やはり子供たちがモンスター軍団を迎え討つ『ドラキュリアン』(1987年)あたりも、『金ロー』で放送すると人気が再燃するのではないでしょうか。
こうしたジュブナイル系の冒険ものとして、日本では藤子不二雄作品を代表格として挙げることができます。1980年に劇場アニメ『ドラえもん のび太の恐竜』が公開され、現在も続く大ロングランシリーズとなっています。TVアニメ版はドラえもんが四次元ポケットから取り出す「ひみつ道具」がエピソードの中心となっていますが、劇場アニメ版はのび太やジャイアンたちが助け合い、障害を克服していく成長の物語となっています。
藤子不二雄ワールドと『グーニーズ』は、非常に親和性が高いように思います。
子供時代の原風景へのノスタルジー
地下室に監禁されたチャンクが出会うスロースも、『グーニーズ』を語る上で忘れることができません。異形のキャラであるスロースは、マイルドな藤子・F・不二雄作品というよりは、藤子不二雄(A)的な「影」をまとった存在です。
藤子不二雄ワールドの子供たちは、放課後は「土管のある空き地」に集まり、子供たちだけの共同体を築きます。「土管のある空き地」は高度経済成長時代を象徴する光景でしょう。『グーニーズ』には「土管のある空き地」は出てきませんが、マイキーたちが暮らす街は再開発が予定されており、さびれたレストランなどが町はずれに残されています。のび太たちも、マイキーたちも、大人が知らない世界を探検することになります。
藤子不二雄のSF(少し不思議)ワールドと、『グーニーズ』が持つ「センス・オブ・ワンダー」は通じるものを感じさせます。
下水道の整備が進み、「土管のある空き地」は今では姿を消しました。また、資材置き場や空き地に無断で入ることは厳しく禁じられるようになり、子供たちの社交の場はテレビゲームやSNSへと移行していくことになります。
高度経済成長期に育った世代は『グーニーズ』を観るとき、失われた「土管のある空き地」文化を思い出し、郷愁を感じているのかもしれません。当時を知る世代だけでなく、SNS世代も子供時代の原風景に出会ったような不思議な既視感を覚えるのではないでしょうか。
(長野辰次)




