高畑勲監督の『赤毛のアン』BSで放送。日常を楽しさに変える「想像力」の翼
マシュウとマリラが見つけた大切なもの
「楽しもうと決心すれば、たいてい いつでも楽しくできるものよ」
それがアン・シャーリーのモットーです。マシュウとマリラに出会うまで家庭の温かさを知らずに育ったアンですが、想像の翼を広げることで自分が置かれている状況を全力で楽しもうとしてきました。髪の色にもコンプレックスを抱いていますが、想像力の豊さが悩みさえも凌駕してしまいます。
アンはグリーンゲーブルズへと向かうリンゴの並木道を「喜びの白い道」、途中にある池は「きらめきの湖」、グリーンゲーブルズで咲き誇る桜の木を「雪の女王」と名付け、愛おしみます。マシュウたちの目には当たり前のものに映っていた光景が、アンの想像力によって輝かしい日常へと変わっていくのです。「そうさのう」が口癖の温厚なマシュウにとっても、厳格な性格のマリラにとっても、アンは掛け替えのない存在となっていきます。
マシュウとマリラ、アンは血縁では結ばれていません。年齢もかなり離れています。また、マシュウとマリラは夫婦ではなく、兄妹です。決して裕福でもありません。世間一般の家庭とは異なるかもしれませんが、マシュウとマリラはアンという愛情を注ぐ対象を見つけたことで、幸せな日々を手に入れることになります。“世界一幸せな家族”の始まりの物語を描いたのが、『赤毛のアン グリーンゲーブルズへの道』なのです。
次世代へ受け継がれた「日常アニメ」の系譜
日常生活のなかに潜む豊かさを描き続けた高畑監督は、大ヒットアニメ『この世界の片隅に』(2016年)で知られる片渕須直監督をはじめ、多くの人々に影響を与えました。宮崎駿氏の息子・宮崎吾朗監督もそのひとりではないでしょうか。2021年4月29日(木)より劇場公開される3DCGアニメ『アーヤと魔女』は、アンと同じように施設で育った少女アーヤ・ツールを主人公にしたファンタジックな物語です。
施設での生活になじんでいたアーヤは、怪しい魔女の家に引き取られます。表向きは魔女に従うふりをしながらも、アーヤは汚れきった魔女の家を自分にとって居心地のよい空間へと変えていきます。アンは想像力で、アーヤは果敢なチャレンジ精神で日常生活を快適なものにしていきます。『ゲド戦記』(2006年)など父・宮崎駿氏から強い影響を受けていることを感じさせる宮崎吾朗監督ですが、『アーヤと魔女』は高畑監督が築いてきた日常アニメの系譜を受け継いだ作品のように感じます。
4月から始まった新しい環境での新しい生活を、ドキドキしながら迎えた人もいるかもしれません。億劫なときは、ぜひアンの言葉を思い出してください。
「楽しもうと決心すれば、たいてい いつでも楽しくできるものよ」
(長野辰次)