さようなら、節子が愛した缶入りドロップ 『火垂るの墓』ほかジブリ印のおやつたち
『風立ちぬ』に登場した昭和初期の人気菓子

新作の完成が待ち遠しい宮崎駿監督は、前作『風立ちぬ』(2013年)にとても印象的なお菓子を登場させています。三角形のカステラで羊羹を挟んだ「シベリア」です。見るからに甘そうです。飛行機の設計技師という頭脳労働者である堀越二郎は、『デスノート』の名探偵・Lと同様に甘いものが大好きなようです。
昭和初期に人気のあった「シベリア」は、明治時代後半から大正時代に日本で生まれたお菓子だと思われます。考案者や名前の由来ははっきりしていません。日露戦争(1904年~1905年)後に開通した「シベリア鉄道」をイメージしたものだという説が有力です。
国産飛行機の開発で忙しい堀越二郎は、夜遅くまで開いていたパン屋で「シベリア」を買い求めます。しかし、パン屋の店先にひもじそうな子供たちがいることに二郎は気づき、「シベリア」を手渡そうとします。
日露戦争や第一次世界大戦に勝利し、当時の日本は軍国化への道を歩んでいました。軍拡が進む一方、経済格差も大きく広まった時代でもありました。気軽に「シベリア」を買い求めるエリート社員の二郎と、空腹に耐える子供たちとの生活事情の違いが、くっきりと描かれた1シーンでした。
愛知県長久手市に開業した「ジブリパーク」内にあるミルクスタンド「シベリあん」では、「シベリア」を販売しているそうです。「シベリア」には罪はありませんが、あの夜に二郎が口にした「シベリア」はただ甘いだけでない、とても複雑な味がしたのではないでしょうか。
『耳をすませば』には受験生の必須アイテムが
近藤喜文監督のデビュー作にして、遺作となった『耳をすませば』(1995年)は、主人公たちが大人になった実写版が現在公開中です。厳格にはお菓子ではありませんが、アニメ版には雫が「カロリーメイト」を口にくわえるシーンが描かれています。小説を書き上げることに集中するあまり、雫は食事を摂る時間も惜しいようです。
栄養バランスの整った「カロリーメイト」は、1983年に「大塚食品」が缶入りのドリンクタイプとブロック状の固形タイプを発売しました。発売当初は慣れない味に賛否が割れましたが、1984年にフルーツ味が販売されると、徐々に人気を得るようになります。手軽に食べられるため、受験生たちが徹夜で勉強する際の必須アイテムとなっていきます。
作品の時代背景は、まだバブル経済が到来する前の1980年代。狭い団地で暮らし、小説家になるという夢に向かって突き進む雫のストイックな想いが、雫が口にくわえた「カロリーメイト」から伝わってきました。
この他にも、高畑監督が撮った『おもひでぽろぽろ』(1991年)では1961年に発売が始まった明治製菓の「マーブルチョコレート」や、当時はまだ珍しかった輸入パイナップル、『じゃりン子チエ』(1981年)ではチエが母親と食べる「ぜんざい」や「カルメラ焼き」などが描かれています。
宮崎駿作品の主人公たちは、『となりのトトロ』(1988年)の手作りおはぎをはじめ、カロリー高めの食べ物をがっつりとお腹に収めます。一方、高畑監督の作品に登場するお菓子類は、ライトな印象があります。近藤監督は、その中間でしょうか。おやつや間食の描き方にも、監督の嗜好性が反映されているようです。
マルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』の主人公は、紅茶に浸したプチマドレーヌを口にすることで、幼少期の記憶を鮮明に取り戻します。ジブリ作品に登場したお菓子たちにも、同じような効能があるのではないでしょうか。
(長野辰次)