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若い世代は知らない? 危険で魅力的だった「ゲームセンター」 先生が止めても行きたかったワケ

学校は「ゲーセンに行くな」 ゲーム好きは無視?

クレーンゲームやプリクラなどが並ぶ一般的なアミューズメントパーク。明るく入りやすい。(画像:無料写真素材 東京デート)
クレーンゲームやプリクラなどが並ぶ一般的なアミューズメントパーク。明るく入りやすい。(画像:無料写真素材 東京デート)

 これらの特徴から、ゲーセンは一般的には悪所と認識されていました。学校ではゲーセンに行くことを禁じていましたが、ゲーム好きな生徒たちにとっては日常の一部。その規制はほとんど完全に無視されていました。

 友達がいて、その空間にいること自体に価値があると感じていたゲーマーたちにとって、ゲーセンは欠かせない存在でした。ゲーセンはゲーマーの青春の一部を形成する場所だった……。少し美化が過ぎて言いすぎでしょうか。

●リアルからオンラインへ

 個人的な感覚では、格闘ゲームのブームは『バーチャファイター2』(1995年)が登場した頃にピークを迎え、その後は少しずつ衰退しはじめました。これは、初代プレイステーション(1994年末)に代表される家庭用ゲーム機の進化が大きな影響を与えたと思われます。現在、当時のゲーセン文化を体現する店は全国的に数を減らし、希少な存在になりつつあります。

 かつて家庭用ゲーム機が今ほど高性能ではなかった時代には、高性能な基板を備えた最新のゲームを遊べて、その楽しさを仲間と分かち合えるゲームセンターは、危険があるとわかっていても純粋に「ゲーム好き」を引き付ける魅力を放っていました。

 しかし現在、ゲーム機自体の性能も圧倒的な進化を遂げ、ゲームセンターで遊べるゲームとの性能差はほとんどなくなりました。インターネットやSNSを通じてゲームの楽しさを共有する文化は世界中に広がり、オンラインで国境を越えてプレイされています。

 明るく清潔なアミューズメントパークを目の当たりにして、かつてのゲーセンのカオスな空間を懐かしく思うこともあります。かつてのゲーセン文化にあった熱量や活気は形を変え、デジタル空間に移行したのかもしれません。

(レトロ@長谷部 耕平)

【画像】当時を思い出す? ゲーセンで熱くハマった懐かしゲームたち(6枚)

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