プロデューサーの逆鱗に触れてクビ? 『サザエさん』「三谷幸喜脚本」回はどんな話?
日本を代表する脚本家、三谷幸喜さんは過去に『サザエさん』の脚本を手がけていたことがあります。はたして、どのような内容だったのでしょうか?
ゴミ箱に投げ捨てられた三谷脚本

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や『警部補・古畑任三郎』シリーズをはじめ、数々の作品を手掛け日本を代表する脚本家として知られる三谷幸喜さんは、若かりし頃に国民的人気アニメ『サザエさん』の脚本も書いたことがあります。
『サザエさん』に関するエピソードは三谷さんご本人もテレビやラジオなどで語っているので、ご存知の方も多いでしょう。『サザエさん』公式サイトにある「サザエさん50年の歴史」にも、三谷さんがシナリオを4本執筆したことが明記されています。
三谷さんが執筆したのは、「ワカメの大変身」(1985年4月7日放送)、「波平つり指南」(同8月4日)、「妹思い、兄思い」(同8月11日)、「タラちゃん成長期」(同8月18日)の4本です。かなり短いスパンで書いていることが分かります。
公式サイトには「4本」と記されていますが、このうち「タラちゃん成長期」はボツになったことが三谷さん本人から語られていました。
「僕が書いた4本中、3本は作品になってオンエアされたけど、最後の1本は、タラちゃんが筋肉増強剤を使用して筋肉モリモリになってオリンピックに出る、という話。『タラちゃん成長期』ってタイトルだけど、それがプロデューサーの逆鱗に触れて、僕の目の前で台本をバシッ!とゴミ箱に投げ捨てられました。「君は『サザエさん』」の心がわかってない! もう来なくていい」と。ラストはタラちゃんが見た“夢オチ”にしたんですけど……」(『三谷幸喜 創作を語る』講談社)
ただし、「タラちゃん成長期」は放送されているので、大幅に書き直されて制作されたのでしょう。三谷バージョンを見てみたいものです。
84年に大学を卒業した三谷さんでしたが、在学中に立ち上げた劇団「東京サンシャインボーイズ」がなかなか軌道に乗らず、バラエティ番組の放送作家や、「コント山口君と竹田君」のコント作家などをしていました。
一方、『サザエさん』は85年3月に広告代理店の宣弘社が撤退、放送開始時からのプロデューサーだった松本美樹さんが降板するのと同時に、それまでのメインライターだった辻真先さん、城山昇さん、雪室俊一さんも一斉に降板します(後にそれぞれ復帰)。
レギュラーだったノリスケ一家、お隣の浜さん一家、三河屋の三平さんが姿を消したのもこの時期です(ノリスケ一家は後に復帰)。85年には、多くの脚本家が『サザエさん』に投入されました。三谷さんもそのひとりだったというわけです。

