ジブリ「後継者育成の失敗」には長い歴史があった 押井守、片渕須直の「監督作品」も幻に?
「ヒットの方程式」と「監督の育成問題」が続くことに?

当初の目的であった若手監督起用は潰(つい)えたものの、日本テレビの製作参加による大量告知、企業とのタイアップ広告などの成果もあり、本作は『風の谷のナウシカ』以降、興行成績が低下していたスタジオジブリにとって、『魔女の宅急便』は久々のヒット作となりました。後にスタジオジブリが定石とする宮崎駿監督主体の制作、宣伝・告知の大型化などの手法は、本作が礎となっていると言っていいでしょう。
後にスタジオジブリにもたらされる陽と陰、ヒットの方程式と若手監督の育成問題は、『魔女の宅急便』の制作に起因しているのかもしれません。
また、スタッフの疲弊を考えると、ひとつのスタジオで制作できるのは3作品が限界、を持論とする宮崎氏は『魔女の宅急便』の制作後、スタジオジブリの解散も考えていました。
しかし鈴木敏夫氏との話し合いの末、スタッフの社員化および固定給制度の導入、新人の定期採用とその育成を掲げて、スタジオジブリは継続することになります。
スタッフの社員化は、当然固定費の高騰に直結し、制作費の増大を招きます。それを覚悟しての後継者育成案でした。そしてその際、入社したジブリ研修生の第1期生と第2期生は、1993年に日本テレビで放送されたテレビスペシャル『海がきこえる』で、その才能を開花させるのです。
(倉田雅弘)



