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宮崎駿監督、不遇の時代の名作『名探偵ホームズ』 パートナーに選ばれた当時無名の大学生とは?

のちに大ヒット作を放つ新人を、パートナーに抜てき

片渕須直監督作品『この世界の片隅に』 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
片渕須直監督作品『この世界の片隅に』 (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 宮崎アニメならではの軽快なアクションと、宮崎監督が育った東映動画(現在の東映アニメ)の古き良き時代の「マンガ映画」を彷彿(ほうふつ)させる親しみやすさを感じさせる『名探偵ホームズ』ですが、注目したいのは脚本家と演出補の存在です。

 実は劇場版4話の脚本を全て担当したのは、『この世界の片隅に』(2016年)を大ヒットさせることになる片渕須直監督でした。当時の片渕監督は大学3年生で、まったくの新人でした。

 日大芸術学部映画学科に通っていた若き日の片渕監督は、宮崎監督の『未来少年コナン』(NHK総合)のコンテ集を読み込むことで、アニメ制作について学んでいました。大学の特別講師として宮崎監督が訪れたことがあり、その縁もあって、新作アニメの準備を進めていた宮崎監督から出されたシナリオの課題に片渕監督は挑戦します。

 シナリオを書くのは初体験だった片渕監督ですが、そのときに提出したのが『青い紅玉』でした。宮崎監督に認められ、片渕監督は脚本だけでなく、演出補としても『名探偵ホームズ』に関わることになります。繰り返しますが、このときの片渕監督はまだ学生でした。

才能と才能との出会いが、傑作を生む?

 片渕監督は大学の授業を受けながら、『名探偵ホームズ』の制作スタジオにも通うようになります。限られた期間でしたが、宮崎監督からいろんなことを吸収したようです。さらに片渕監督は、日米合作の大作アニメ『リトル・ニモ』にも参加し、監督する予定だった高畑勲監督、近藤喜文監督、大塚康生氏のもとでもアシスタントとして働いています。

 日常生活をディテールたっぷりに描きつつ、しっかりとエンタメ作品に仕上げて見せる片渕監督の作風は、アニメ界のレジェンドたちから学んだものだったことが分かります。片渕監督の著書『終わらない物語』(フリースタイル)には、『魔女の宅急便』(1989年)で内定していた監督を降板し、演出補に回った経緯についても触れてあるので、そちらもぜひ読んでみてください。

 宮崎作品を振り返ると、代表作には名パートナーが存在しました。高畑監督がプロデューサーを引き受けたことで、『ナウシカ』や『天空の城ラピュタ』(1986年)が生まれました。『もののけ姫』(1997年)や『千と千尋の神隠し』(2001年)の大ヒットは、鈴木敏夫プロデューサーなしでは語れません。宮崎監督に対して献身的で、なおかつ挑発的なパートナーがいることで、数々の傑作やヒット作が生まれてきたのです。

 TVアニメの枠に収まり切れず、スタジオジブリを設立するまでの端境期にあった宮崎監督を触発したのが、片渕監督をはじめとする若手スタッフで、その結果生まれたのが『名探偵ホームズ』だったように思います。才能と才能との出会いが、素晴らしい作品を生み出すのではないでしょうか。

(長野辰次)

【画像】えっ、意外! こちらが「宮崎駿がちょっと参加していた」アニメです(5枚)

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