『すずめの戸締まり』で『魔女宅』の曲が流れる理由 2作の共通点と違いとは
未来の自分と出会うキキ、過去の自分に会いに行くすずめ

『魔女の宅急便』の物語で大きな転換点となるのは、キキが空を飛べなくなるエピソードです。自分には空を飛ぶ以外の特別な能力がないからと宅配することに決めた彼女にとって、それはアイデンティティの喪失にほかなりません。当たり前に持っていたものを失うことで、彼女は自分にとって「空を飛ぶ」ことの大切さを改めて自覚することにつながっていきます。
『すずめの戸締まり』もまた、「何かを失う」ことが物語の転換点となります。
すずめは物語の前半では、「死ぬのは怖くない」と言っています。それは震災における彼女の体験に深く関わっており、理不尽に命を奪う天災の前には人の意思は通用せず、死ぬも生きるも運でしかないという感覚でした。それゆえに、自分の命を投げ出すような危険な行為もできてしまうすずめは、物語の中盤に閉じ師の草太を自らの選択で失ったことで、「彼のいない世界が怖い」と言い出すのです。
すずめは草太の「生きたい」という、強い想いに触れます。後半はそんな草太を救うために、過去のトラウマというべき震災に向き合うすずめが描かれます。
「ルージュの伝言」の挿入がすずめが東北に向かうタイミングなのは、ここに意味があると思います。『魔女の宅急便』はキキが「未来の自分」であるウルスラやおソノさんたちと出会う物語ならば、『すずめの戸締まり』は「過去の自分」に向かって旅をしていく物語です。過去へと向かう旅がここから本格化するからこそ、「ルージュの伝言」がこのタイミングで流れるのではないでしょうか。
その道中、育ての親である叔母の環の「隠された本音」を聞かされるエピソードも、重要なポイントです。自分の人生は自分だけのものではなく、誰かの想いや犠牲をともなっていること、自分の命は誰かと関わっていることを知ることで、すずめは死に対する考えを変化させていくことになるのです。
自分の命の価値に自信を持てないでいたすずめは、環の想いや草太の気持ち、そして、多くの震災死者の「声」に向き合うことで、生きることの価値を見出していきます。
そして、すずめ、母親の形見の椅子をある人に「譲りわたす」ことになるのですが、それは母親からの自立を象徴していると言えます。『魔女の宅急便』ではキキが飛行能力を取り戻しても、黒ネコのジジの言葉を理解する能力が失われたように、すずめは母親の形見を手放すことになるのです。
思い出は胸に秘めて、未来に向けての一歩を踏み出す彼女は、母親と同じ看護師を目指す勉強に打ち込むことになります。少女の成長と自立を現実の震災を題材に描く『すずめの戸締まり』は、過去の自分との出会いを経由して、未来に向けて確かな一歩を踏み出す作品なのです。
(杉本穂高)





