生まれから危うい戦艦「陸奥」 秘めごと多きアイドルの「謎の爆沈」へといたる航跡
淀んでいく「空気」…そして起こった大事件(スキャンダル)

長期間、海洋で行動する艦船は、乗組員にとっては単なる兵器以上に生活空間で、家でもあり、艦内ではひとつの社会を形成しています。そのため、犯罪やハラスメントなどの問題も発生します。そうしたこともあってか、艦というものには個性のように、「はつらつとした」とか「どことなくよどんだ」とかいった艦内空気感というものがあるとされます。
御召艦まで務めたトップアイドルだったのに、実戦が始まると主砲は火を吐くこともなく、タンカー役にまで成り下がってしまった「陸奥」の艦内空気感は、想像にかたくないでしょう。実際に風紀は良いとは言い難く、窃盗事案が多発していました。そして、そうした「悪い空気」は不運を招くものです。
1943(昭和18)年6月8日、「陸奥」は停泊していた山口県岩国市柱島沖で、3番砲塔付近から煙が上がり爆発、一瞬で船体が真っぷたつに折れて沈没してしまいます。突然すぎる最期でした。
間近にいた戦艦「扶桑」が「ムツ バクチンス一二一五」と、海軍上層部への第一報を発します。敵潜水艦による雷撃かもしれないと慌てた駆逐艦から、目標も分からないまま爆雷が投射されるなど混乱しました。
1943(昭和18)年という年は、4月18日に山本五十六連合艦隊司令長官が戦死、5月29日にはアッツ島玉砕と暗いニュースが続きました。そして6月の「陸奥」亡失は3か月連続の悪いニュースだったこともあり、海軍はこれを秘匿します。国民が知るのは戦後でした。生まれから最期まで、秘めごとが多かったのもアイドルらしいです。
爆沈の原因は、海軍査問委員会の報告では火薬自然発火説、人為的放火説とも確実な証拠を得られず、「人為的ではないと確実に証明できないので、人為的と言えなくもないがそれも証明できない」という、ほとんど意味不明の表現ながら、人為的放火の可能性が高いことを示唆していました。事故直前に窃盗事案の容疑者への査問が行なわれることになっていたことから関連性が疑われており、ほかにも様々な説が唱えられています。戦後、ミステリー小説のネタにもなりました。
「陸奥」は沈んだ場所が内地だったこともあり、主砲など引き上げ品も多く、陸奥記念館(山口県諏訪大島町)をはじめ、神奈川県横須賀市のヴェルニー公園などで実物を見ることができます。没後なお人目を引くというのも、アイドルの面目躍如といったところでしょうか。プラモデルを組み立てる前に展示品を見て、彼女の事情に思いを馳せるのも一興でしょう。
ハセガワ1/350スケール プラモデル「日本海軍 戦艦 陸奥」は2万5300円(税込)、2025年7月24日ごろ発売予定です。
(月刊PANZER編集部)







