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ガミラスの「三段空母」現実では…空母「赤城」に見る多段式空母がアカンかったワケ

「多段式甲板」実際の使い勝手は…?

空母「赤城」(上)と戦艦「長門」とされる写真。「超大型空母」という表現は大げさなものではないことがよくわかる (画像:Public domain, via Wikimedia Commons)
空母「赤城」(上)と戦艦「長門」とされる写真。「超大型空母」という表現は大げさなものではないことがよくわかる (画像:Public domain, via Wikimedia Commons)

 空母はこの当時、主力である戦艦を補助する艦と考えられており、艦載機の航続距離も短かったため、艦隊のなかでは前衛として配置され敵艦との砲戦も想定されていました。そのため赤城は、中段甲板に20センチ連装砲塔を2基、設置します。また艦橋も艦載機運用の支障にならないよう中段に配置されますが、しかし上甲板の艦載機の指揮、運用、統制はやりにくかったようです。

 赤城、加賀以外に三段飛行甲板を持つ空母が他国で建造された例はなく、両艦は世界的にも極めて特異な存在です。各国でも黎明期には試行錯誤があったものの、他に多段式空母というと二段式のイギリス空母フューリアスがあるだけで、多くは一段の全通式甲板へと収束していきます。つまり、赤城と加賀の三段構造は空母史における「日本独自の実験的挑戦」であったといえるのです。

 しかし実際には下段は使いにくく、中段は砲塔と艦橋が設置されて機体整備や格納はできたものの飛行甲板としては使えず、最終的には上段のみを運用する形になってしまいます。

 この構造の不合理さと、航空機の発達にともなって飛行甲板の延長が必要になったこと、そして航空機の運用方法が進化するにつれ、「多段」による空間の縦利用よりも長く平らな甲板での横方向の運用の方が遥かに合理的であることが分かってきたこともあり、赤城は1938(昭和13)年に一段の全通式飛行甲板へと改装されました。こうして「三段空母」なるものは、その後の航空母艦全体の歴史を考えると、ごく短期間で姿を消すことになったのです。

 このように、現実の多段空母は構造的に無理があり実戦には不適でした。しかし、当時の航空機運用や艦隊戦術を踏まえての試行錯誤であったことは確かであり、「空母とは何か」を追い求めた時代の産物といえるでしょう。

 現実とフィクション、それぞれの空母を見比べてみると、単なる兵器や艦艇という枠を超えた「空母の文化的な魅力」にも気づかされます。それはデザインの面白さであり、陸上基地の滑走路では感じられない発艦シーン独特の高揚感です。

 初期の三段構造赤城の姿は現代視点でもカッコよく見えます。その先人たちの足跡は、時空を越えてガミラス帝国で三段空母へと転生し、新たなかたちで人々の記憶に刻まれています。

 ウォーターラインシリーズより、ハセガワ1/700スケールプラモデル「日本航空母艦 赤城 “三段甲板”」は3960円(税込)、同1/700「日本航空母艦 赤城」は3080円(税込)にて発売中です。

(月刊PANZER編集部)

【画像】空母「赤城」の初期三段甲板と改装後全通甲板の姿を見比べる(15枚)

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月刊PANZER編集部

1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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