『コクリコ坂から』に潜む歴史の闇 宮崎吾朗監督が抱える、逃れられない呪いとは?
宮崎駿氏が脚本に忍ばせた“歴史の闇”
デビュー作『ゲド戦記』は無我夢中で作った宮崎吾朗監督ですが、2作目となる『コクリコ坂から』は多彩な登場キャラクターたちをひとりずつ丁寧に造形していることが伝わってきます。俊と海の恋物語を盛り上げるための脇役ではなく、それぞれが高度経済成長期に自分の夢やこだわりに向かって突き進んでいることが感じられます。宮崎駿作品でおなじみの久石譲音楽ではなく、ジャズ音楽を多用している点も新鮮さを与えています。
一方、「さすが宮崎駿だな」と思わせたのは、脚本にこっそりと盛り込んだ“歴史の闇”です。海の父親は、朝鮮戦争(1950年~1953年)で亡くなっています。米国とソ連との代理戦争として勃発した朝鮮戦争ですが、実は日本も朝鮮半島で起きたこの戦争に加担していたのです。太平洋戦争に負けた日本は平和憲法で戦争の放棄を誓ったことから、朝鮮戦争の最前線での戦闘には関わっていなかったものの、海上の機雷撤去や物資の支援などで米軍側に協力していました。
少なくない日本人が、朝鮮戦争で亡くなっています。LST(揚陸艦)の船長をしていた海の父親も、そのひとりだったのです。日本は表向き、朝鮮戦争には参加していないことになっていたので、この事実は一般的にはあまり知られていません。でも、朝鮮戦争がきっかけで、敗戦から間もなかった日本は景気が上向きになり、高度経済成長を迎えることになったのです。海や俊たちが青春を謳歌している影には、戦争という歴史の闇が大きく広がっていたのです。
宮崎吾朗監督の真面目で実直な性格は作品からも伝わってきますが、父・宮崎駿氏のような映画作家としての裏技、物語の重層性も体得できるようになれば、さらに成長するのではないでしょうか。
尊敬と嫌悪、という矛盾する複雑な感情
他の映画監督たちと違い、宮崎吾朗監督はデビューした時から否応なく明確なテーマを持つことになりました。それは偉大な「父親」という存在をどう乗り越えるかという問題です。これは宮崎吾朗監督が抱える永遠のテーマであり、宮崎駿氏が多くの作品のなかで触れてきた、逃れられない「呪い」だともいえるでしょう。
宮崎吾朗監督は、父・宮崎駿氏のことを「映画監督としては尊敬している」ものの、仕事漬けで自宅にほとんどいなかったことから「父親としては失格」と矛盾した感情を抱いているようです。2011年に放映されたドキュメンタリー番組『ふたり コクリコ坂・父と子の300日戦争』(NHK総合)でも、宮崎吾朗監督は父・宮崎駿氏の存在を過剰に意識し、スタジオでもなるべく距離を置こうとしている姿をカメラは映し出していました。でも、父性的存在に対する尊敬と嫌悪という矛盾する感情こそ、作家らしい重要なテーマのように思えます。
海と俊は自分たちではどうしようもない生い立ちの問題に悩みますが、やがてふたりはそんな難問にも真っ直ぐに向き合うことを決意します。現時点では、『コクリコ坂から』は宮崎吾朗監督のベスト作品といえるでしょう。でも、いつか『コクリコ坂から』を上回る作品を見せてくれることを、宮崎吾朗監督には期待したいと思います。
(長野辰次)