「大ウソ」でも説得力ある『刃牙』シリーズの“雑学” どれを信じれば良いのか「シンクロニシティ」「コーラはさすがに」
最強格闘マンガ『刃牙』といえば、挿入される「解説」も楽しみのひとつです。でも、どうやら私たちは騙されていたようなのです。
スケールダウンさせる高度な嘘

現代の格闘マンガの最高峰のひとつが、1991年から続く『刃牙』シリーズ(著:板垣恵介)です。その魅力は、描写力、画面構成、展開、セリフ、キャラクター、どの角度からでも語り尽くせぬものがあります。さて、あまたの魅力のなかでもとりわけ本作を特徴づけるのが、妙な「説得力」ではないでしょうか。
現実では決してあり得ない武術、起こり得ない現象に関して、『刃牙』シリーズは、ナレーションと挿絵で、歴史的、科学的な根拠を示します。
有名な例でいえば、「シンクロニシティ」でしょう。シリーズ第2部にあたる『バキ』の第1話では、5名の死刑囚たちが示し合わせたかのように脱獄します。この現象を作中では、世界中のグリセリンが同時多発的に結晶化した事例を挙げ、シンクロニシティ(共時性)として説明します。
まさか、この説明自体がかなり誤った事実を含んでいる、いわば結構な嘘であることを、誰が見抜けるでしょうか。どうやらそんな事実はないようです。それによく読むと、別物である「グリセリン」と「ニトログリセリン」が、混合されてもいます。
そうです。『刃牙』シリーズの凄まじさは、圧倒的な説得力で虚実の壁を堂々と破壊し、何食わぬ顔で「嘘をついてくる」ところにあります。「グリセリン結晶化」の話は、一応ながら「元ネタ」の都市伝説があったようですが、いずれにせよほかの解説は本当に正しかったのかは、気になります。代表的なところを、改めて確認してみましょう。
まず同じく『バキ』に登場する「スペック」という死刑囚について、確認しなくてはならないことがあります。スペックは身長2m超の巨漢で、年齢はおおよそ50歳前後と目されていました。
ところが喧嘩最強のヤクザ「花山薫」に敗北し、病院に搬送されると一気に肉体が収縮し、骨と皮だけの痩せた老人の姿に変貌します。ここでスペックの実年齢が、97歳だったと明かされました。
この衝撃の事実に対し、作中ではスペックを見た医師によって、トレジャーハンターの「ジャック・リー・ビオンデ」という人物を例に出した解説が始まります。このジャックもまた中年男性にしか見えない容姿ながら、1976年に30年以上探し続けたという沈没船の財宝を見付けた14日後、突然死してしまうのです。医師は死因を「老衰」と発表、彼の実年齢はなんと88歳でした。
そして、恐ろしいことに、もっともらしいこの逸話、嘘なのです。ジャック・リー・ビオンデという人物は、架空でした。なんという高等技術でしょうか。急に97歳の見た目になったスペックに対し、88歳というややスケールダウンした例が示されたら、「こっちは本当」と思ってしまうのが、人の心理といえます。板垣先生は、最初から読者にも心理戦を仕掛けていたのです。
また、『刃牙』シリーズで最も信じられている「炭酸を抜いたコーラはエネルギーの効率が極めて高い」説は、どうなのでしょうか。記念すべき第1部『グラップラー刃牙』の、第1話で挿入された解説です。この真偽はどうなのでしょうか。
少なくとも、それを愛飲していたマラソン選手はいました。アメリカのフランク・ショーター選手です。彼は1972年のミュンヘンオリンピックで、金メダルを獲得するほどの実力者でもありました。
やはり炭酸抜きコーラだけは真実だった……と思いきや、ショーター選手は1973年に開催された「びわ湖毎日マラソン」において、炭酸抜きコーラでお腹を壊し、途中でレースから外れて草むらで用を足すという、異例の事態に見舞われています。結果として、彼は優勝するのですが、そうなってくると、炭酸抜きコーラすらもその効果の真偽は怪しいものです。
他にも『グラップラー刃牙』の最大トーナメントの決勝で、「ジャック・ハンマー」が薬物の過剰摂取で身体が臨界点を迎えた際に出てきた「マックシング」という造語や、第3部『範馬刃牙』で「ビスケット・オリバ」と「純・ゲバル」が行ったハンカチの端をつかんで殴り合う「ルーザールーズ」の決闘法など、存在しそうでしない高度な「大ウソ」は多数出てきます。
しかし、『刃牙』シリーズは実用書ではなく、本邦が誇る最高のエンタメ格闘マンガです。嘘も真実も、どちらでも大丈夫、「毒も喰らう 栄養も喰らう」そんな「範馬勇次郎」の精神で、臨みましょう。
(片野)
