マグミクス | manga * anime * game

「タイガーマスク対ウルトラマン」が実現! 無許可でウルトラマンを名乗ったレスラーに円谷プロが怒らなかったワケ

テレビ欄を見て延髄切りを食らうほどの衝撃!

『プロレスの星 アステカイザー DVD vol.1』(円谷プロダクション)
『プロレスの星 アステカイザー DVD vol.1』(円谷プロダクション)

 初来日で一時的に注目されたウルトラマンは、3年後の1982年に再来日します。日本では、同じ架空のヒーロー「タイガーマスク(初代:以下、タイガー)」が登場して大ブームを巻き起こしていました。そして、「タイガーマスク対ウルトラマン」という、ウソのようなカードが実現したのです。

 6月18日「蔵前国技館大会」、WWFジュニアヘビー級タイトルマッチはTV で中継されます。ウルトラマンはゴングと同時にスペシウム光線をタイガーに撃つポーズを見せ、観客を沸かせました。この試合で、タイガーは「スペース・フライング・タイガー・ドロップ」という新技を初披露、これはプロレス名シーンのひとつとされています。結果は、タイガーがジャーマンスープレックスホールドで勝利しました。

 その後、ウルトラマンは約2か月の興行シリーズ中にタイガーとシングルマッチを4戦しており、結果は3敗1分です。人気はありましたが、突出した強さや代名詞的な必殺技もなく、次第に話題性が先行した印象が強くなっていきます。そしてこれ以降、新日マットに姿を見せることはありませんでした。ウルトラマンの記憶は、ここまでという人は多いでしょう。

 その後、ウルトラマンはメキシコで、ベルトを獲得するほどの活躍を見せます。1990年に久々に来日し「FMW」で大仁田厚選手と対戦しました。さらに、セミリタイヤ状態となっていた2005年には、「ドラゴンドア」旗揚戦に来日して、初代タイガーと23年ぶりにタッグマッチで対戦しています。ここでもタイガーに負けましたが、試合後は拍手喝采で送られたそうです。

 ウルトラマンはメキシコで長く活躍した人気レスラーでした。78歳の今でも、インタビューなどの仕事を受けるときはマスクをかぶり「ウルトラマン」に変身するそうです。

(石原久稔)

1 2 3

石原久稔関連記事

もっと見る

編集部おすすめ記事

特撮最新記事

特撮の記事をもっと見る