サザエさんは「政略結婚」だった? 誕生から75年、国民的マンガに驚きの事実も
2021年で誕生から75年を迎えるマンガ『サザエさん』は、老若男女から愛される国民的存在ですが、長い歴史をひもとくと、実はあまり知られていない意外なエピソードもありました。
実は「東京生まれ」ではなかった…?

2021年4月で誕生から75年を迎え、アニメ化されてからも50年以上という超国民的マンガ『サザエさん』。日曜の夜はサザエさんとジャンケンをしないと終わらない……という人も多いのではないでしょうか? サザエさん一家の、ちょっととぼけた日常生活は、いつの世も私たちの心をなごませてくれます。
そんな日本一有名な家族には、意外と知られていない事実も多いのです。たとえば、連載が始まった当初、サザエさんは独身だったってご存じですか? そして、サザエさんの結婚は、実は「政略結婚」と呼ぶべきものだった……? 今回は、意外と知らないサザエさんの世界をご紹介します。
サザエさん一家が住む町といえば、東京都世田谷区の桜新町。「サザエさん通り」や作者・長谷川町子さんの美術館もあり、全国的にもサザエさんの町として知られています。けれども、連載開始当初、サザエさん一家が住んでいたのは福岡県でした。東京庶民の代表かと思いきや、サザエさんはまさかの博多っ子だったのです。
というのも……作者の長谷川町子さんは、15歳の時に東京でデビューした、日本初の女性職業漫画家ですが、24歳の頃、激しくなる太平洋戦争の空襲を逃れるために福岡に疎開し、その地で『サザエさん』を生み出したのです。地方紙「夕刊フクニチ」の新聞連載マンガとして産声をあげたので、舞台は福岡だったというわけです。
『サザエさん』の登場人物の名前がすべて海に縁があるのも、福岡の百道海岸を散歩しながら構想を練ったからなのだそうです。
ただし長谷川さんは当初、福岡ではなく長野県に疎開する予定だったそうで、もし長野に移っていたなら、サザエさん一家は山系の名前になっていたかもしれませんね。サザエさんはナメコさん、マスオさんはノビルさん、イガグリくんにアケビちゃんにエノキちゃんなど……想像がふくらみます。