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たった12話で終わった特撮番組『魔人ハンターミツルギ』 斬新すぎる戦闘描写は「伝説」に

新技法への挑戦と苦闘が続いた

『魔人ハンターミツルギ』LDに付属のライナーノーツ表紙
『魔人ハンターミツルギ』LDに付属のライナーノーツ表紙

 何せ『ミツルギ』が放送された1973年(昭和48年)は、特撮番組が豊富に放送された年です。初代『仮面ライダー』に『ウルトラマンA』。『人造人間キカイダー』『変身忍者嵐』『怪傑ライオン丸』『レインボーマン』『アイアンキング』『サンダーマスク』『ファイヤーマン』と、そうそうたるラインナップが並びます。子供たちの人気を獲得するのは並大抵の難易度ではありません。視聴率低迷により12話で終了したのも無理はないことでしょう。

 しかし、現場のスタッフが特撮の世界に新たな技術を盛り込むべく奮闘していたのもまた事実です。

 本作のモデルアニメーターとして腕を振るった真賀里文子さんは、後にインタビューに答えて当時のさまざまなエピソードを語っています。

 本作でのアニクリエーションは実際に作られたミツルギや怪獣のモデルを少しずつ動かし、コマ送りのようにして戦闘シーンを表現することを指していますが、1日で撮影できるアニメーションは1分にも満たず、アニメーションをせずにカメラの方から寄ってアップにする手法を使って何とかしのいでいたとのこと。

 まず企画から放映までの時間がかなり短く、放映開始時点で3本しかストックがなかったことを明かしています。放送開始後はすぐにスケジュールに追いつかれてしまい、脚本が来たら1週間の間にデザインをして発注し、撮影に入らなければいけなかったそうです。

 予算も少なく、セットに使うヒムロ杉を自分で取ってきたり、爆発に使う火薬はおもちゃ屋で買ってきた花火を自分でバラして使ったりと、さまざまな工夫も行われていました。

 ノウハウや技術はあるから面白くすることはできるのに、時間がないからできない。予算は無くても時間さえあればなんとかなるのに……と、真賀里さんは製作現場で歯がみしていたそうです。終了が決定したときは、やりたいことができなかった悔しさと残念さを感じたものの、正直ホッとした気持ちがあったとも語っています。

 果たして、時間があったらどれほど素晴らしいものができたのか。それを知るすべはもうありませんが、少なくとも、世に出た『ミツルギ』は今でもこうして語られる伝説の特撮作品となっています。少なくとも、特撮の世界に新たな試みを持ち込んだその挑戦の精神は、語り継いでいくべきものでしょう。

(早川清一朗)

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