企画書一枚でアニメ『ドラえもん』を救った男 「高畑勲」の隠れた功績とは?
スタジオジブリ作品のネット配信としては国内初となる、『火垂るの墓』のNetflixでの配信が2025年7月15日から始まります。戦時下の生活をリアルに描いた演出は、高畑勲監督ならではのものとなっています。作品にはクレジットされていない、高畑監督のアニメ界での業績を振り返ります。
『ドラえもん』の魅力を、本質的に見抜いていた?

藤子・F・不二雄原作のTVアニメ『ドラえもん』(テレビ朝日系)は、海外でも大人気です。1979年から続く大ロングランシリーズですが、スタジオジブリの高畑勲監督がアニメ『ドラえもん』に関わっていたことはご存知でしょうか?
2018年に亡くなった高畑監督は、太平洋戦争を子供たちの視点から描いた劇場アニメ『火垂るの墓』(1988年)がとりわけ有名です。他にも『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』(フジテレビ系)といった名作アニメシリーズでも知られ、宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』(1984年)などのプロデューサーも務めています。
2025年6月27日から東京・麻布台ヒルズギャラリーで、高畑監督のアニメ界における業績を振り返った展覧会「高畑勲展 日本のアニメーションを作った男。」が開催されています。そんな高畑監督の、表には名前が出ていない人気アニメとの関わりを振り返ります。
旧知のプロデューサーに頼まれ、企画書を代筆
現在も放映が続くアニメ『ドラえもん』は「シンエイ動画」制作ですが、それ以前にも日本テレビ版のアニメ『ドラえもん』が1973年に放映されていました。しかし、日本テレビ版の『ドラえもん』は視聴率が伸びず、半年で打ち切りとなっています。
藤子・F・不二雄氏のもとへ、「シンエイ動画」の楠部三吉郎プロデューサーが二度目のアニメ化を申し込みにいったところ、なかなかOKがもらえなかったそうです。「いったいどうやって『ドラえもん』を見せるのか、教えてもらえませんか」と藤子・F・不二雄氏から言われ、楠部プロデューサーは企画書の執筆に取りかかりましたが、うまくまとめることができませんでした。
そこで楠部プロデューサーは当時13巻あった『ドラえもん』(小学館)を抱え、高畑監督の自宅を訪ねます。高畑監督は東京大学文学部仏文学科を卒業した、理論派のインテリです。教養豊かな高畑監督に、企画書の代理執筆をお願いしたわけです。
そのころの高畑監督は「日本アニメーション」に籍を置き、『赤毛のアン』(フジテレビ系)の準備をしていたところでした。「日本アニメーション」に移る前には、「シンエイ動画」の前身「Aプロダクション」にいたことから、高畑監督はこの突然の依頼に応えます。楠部プロデューサーとは仕事の合間に雑談を交わした仲でした。
アニメ『ドラえもん』の制作に、高畑監督は直接タッチはしていませんが、高畑監督が的確にまとめた企画書のおかげで、アニメ化のGOサインが出たのです。
高畑監督は企画書のなかで『ドラえもん』の魅力は、子供たちの日常世界がドラえもんがポケットから出した道具によって、楽しい夢のあるものになったり、ダメになってしまったりするところにある……と述べています。高畑監督のそんな慧眼があったからこそ、『ドラえもん』のアニメ化は成功したと言えそうです。
藤子不二雄作品をアニメ化する機会は、高畑監督にはありませんでしたが、マンガ界の巨匠とアニメ界の巨匠は企画書を介して、通じ合った瞬間があったわけです。



