『ガンダム』登場10秒で海の藻屑に 連邦軍の空母っぽい「フネ」って何者だったの?
『機動戦士ガンダム』の「やられ役」といえば「ボール」という人は多いでしょう。しかし、観た人の記憶に残っているかすら怪しいのが「ヒマラヤ」かもしれません。わずかな出番ながら、一年戦争の世界観を深めてくれるといえるでしょう。
「やられ役」にも担う役割はあるはずで…

宇宙世紀を舞台とする『機動戦士ガンダム』の世界では、巨大な艦艇もまた、戦場を彩ってきました。「ホワイトベース(ペガサス級)」、「ムサイ級」、「マゼラン級」といった宇宙戦艦や巡洋艦の名は、ファンの記憶に刻み込まれていることでしょう。
重力という束縛から解き放たれた宇宙を縦横無尽に駆けるそれらの艦は、モビルスーツを収容し、発進させる「戦場の母艦」としての役割を担い、物語の舞台装置以上の存在感を放ってきました。
一方で、視線を地球へ移すと、ジオン公国軍が運用した潜水艦「マッドアングラー」や「ユーコン級」の姿が散見されます。しかしながら、意外なほど注目を集めることのない分野が「水上艦艇」です。全地球規模の戦闘が繰り広げられた一年戦争を想起すれば、水上艦の存在が一顧だにされないということはなかったはずです。
もちろん地球連邦軍が水上艦艇を全く保有していなかったわけではないようです。映像で確認できるその数少ない例として挙げられるのが、航空母艦「ヒマラヤ級」です。講談社『モビルスーツバリエーション3 連邦軍編』において名称と外観が確認できますが、即座にその姿を思い描けるファンは決して多くはないでしょう。
というのも、同艦が初めて登場したのは『機動戦士ガンダム』第28話「大西洋、血に染めて」における、わずか数秒のシーンにすぎなかったからです。海上を航行する姿を見せた直後、ジオン軍の攻撃によって瞬時に撃沈され、その存在は大西洋の藻屑と化しました。これでは視聴者の記憶に残りにくいのも当然だと言えます。
さらに時代を下り、『機動戦士ガンダムUC』でも同型艦が再登場しました。しかし、その役割はジオン残党軍のモビルアーマー「シャンブロ」の圧倒的な戦闘力を引き立てる「やられ役」に終始し、戦史的な意味を深める余地を与えられることはありませんでした。
では、この「ヒマラヤ級空母」とはどのような艦であったのでしょうか。外観を観察すると、飛行甲板と武装甲板を組み合わせた独特のシルエットが目を引きます。その姿は、現実のソ連海軍が建造した「キエフ級」航空母艦、あるいは現代の海上自衛隊が運用する「ひゅうが型」護衛艦を想起させます。いずれも正規空母とは異なり、対潜戦能力を重視して設計され、航空機の母艦であると同時に、ミサイルを搭載し火力を兼備するマルチロール艦でした。
この点を踏まえるなら「ヒマラヤ級」の思想もまた、空と海を結び付ける「戦力投射の節点」としての役割にあったと推察できます。実際、『機動戦士ガンダムUC』において同艦は、飛行甲板に水陸両用モビルスーツ「アクアジム」を搭載していました。これは、「キエフ級」や「ひゅうが型」が対潜哨戒ヘリを基盤としつつも、上陸作戦や対潜といった多様な任務を担ったことに通じます。すなわちヒマラヤ級は、単なる航空母艦ではなく、地球連邦軍における上陸支援、海上戦力投射の中核を担う存在であった可能性が高いと考えられます。
その短命さゆえ、劇中では「やられ役」としての印象しか残さなかった「ヒマラヤ級」空母。しかし、忘却の彼方に沈めてしまうには惜しい艦です。むしろ、この存在を思い起こすことは、宇宙世紀という物語世界が決して「宇宙戦艦とモビルスーツだけの戦場」ではなく、海の戦いをも反映した厚みを備えていることを再確認させてくれるでしょう。
(関賢太郎)

