『帰マン』 『エース』ウルトラ怪獣の生みの親は「自分のデザイン」をどう思ってた? 回答が衝撃「汚い話だけどさ」
怪獣のデザイナーは、自身が手掛けた作品をどう思っているのでしょうか。第二期ウルトラシリーズの怪獣を手掛けた方のインタビューを見てみましょう。
「汚い話だけどさ」←まさか本当に汚いとは

『帰ってきたウルトラマン』(1971年)、『ウルトラマンA』(1972年)、いわゆる第2期ウルトラシリーズにおいて、ウルトラ怪獣(超獣)のデザインは、実に多種多様なものに変貌していきます。
そのデザインの中枢を担ったのが、井口昭彦さんと鈴木儀雄さんです。成田亨さんによって築かれ、池谷仙克さんが枠組みを広げた「ウルトラ怪獣」のデザインは、井口さん、鈴木さんの参入で、百花繚乱の時代を迎えたと言ってもいいでしょう。
さて、そのデザインを担当した本人は、自分たちが生み出した怪獣、超獣をどのように評価しているのでしょうか。本記事では、井口さんの過去の証言を参考に見ていきましょう。
まず、改めて井口さんのデザインした怪獣たちを振り返ります。『帰ってきたウルトラマン』では「オクスター」や「ヤメタランス」、また『ウルトラマンA』では「ベロクロン」「バキシム」など、まさに怪獣の形状そのものを再構築するような異形の姿が特徴です。
また井口さんは「平成ウルトラセブン」シリーズでも新たな怪獣、宇宙人デザインを手掛け、その手腕を遺憾なく発揮してくれました。
そんな井口さんは、過自分がデザインした怪獣たちについて、インタビューで次のように語っています。
「いざ自分の手から離れたら、もう俺には関係ないものになってるんですよ。」
これは、実にプロフェッショナルな回答ではないでしょうか。ウルトラファンを魅了し続けた怪獣たちも、生みの親からすれば、ある意味では数多ある仕事のうちのひとつだったのです。ただし、井口さんは同インタビューにおいて、続けてこんなことを語っています。
「汚い話だけど、自分のしちゃったウンコをいつまでも掻き回してんじゃねえよって感じもするわけ(笑)」
さすがにびっくりです。「ウンコ」とは。もちろん、井口さんの真意としては、いつまでも過去の作品にしがみついていてはいけない、というデザイナーとしての想いを表明したかったのでしょう。
とはいえ、その直後に井口さんも「……いや、流石にウンコはないか。”息子”という言葉に置き換えよう(笑)」と早々に訂正しました。一瞬ながら、バキシムもベロクロンも、「ウンコ」で一括りにされた瞬間があったとは驚きです。
当時の特撮の現場のスケジュールは超過密で、井口さんは忙殺される日々でした。とにかく、出力優先だったことは間違いありません。
その忙しさは自分がデザインした怪獣も、記憶に残らないほどだったようです。別の媒体で、井口さんは、自身が手掛けた『ウルトラマンA』登場の「サウンドギラー」を改めて見て、「なんで目玉がないんだ?」と戸惑っています。
いずれにせよ、怪獣というものは親元から離れ、少年少女の心で生き続けていることを実感させてくれる、そんなエピソードでした。
参考書籍:『豪怪奔放―円谷怪獣デザイン大鑑1971‐1980』(ホビージャパン)、『語れ! ウルトラ怪獣 (ベストムックシリーズ・44)』(ベストセラーズ)
(片野)
