日本中が涙した『フランダースの犬』は現代に問いかける…ネロ少年を追い詰めたもとは?
クリスマスシーズンになると思い出されるのが、1975年に放映されたTVアニメ『フランダースの犬』(フジテレビ系)です。多くの日本人が涙を流した感動作として、今なお記憶されています。悲劇的な結末を迎えた少年ネロと愛犬パトラッシュですが、異なる選択肢は残されていなかったのでしょうか。『フランダースの犬』の最終回を振り返ります。
最終回は視聴率30.1%を記録した感動作

「パトラッシュ、疲れただろう。僕も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ」
1975年にTV放映された「世界名作劇場」のシリーズ第1作『フランダースの犬』(フジテレビ系)の最終回、主人公のネロが愛犬パトラッシュに向かって最後につぶやく言葉です。身寄りのない少年ネロは、パトラッシュと抱き合うようにして短い生涯を終えることになります。
主人公が寒さと空腹の中で息絶えるという衝撃的なエンディングは、大変な反響を呼びました。最終回の視聴率は30.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)でした。「世界名作劇場」シリーズ史上、最高視聴率として記録されています。
今なお多くの日本人の脳裏に刻まれている『フランダースの犬』の最終回ですが、夢や希望だけでは生きていくことが難しい社会のシビアさを描いた作品と読み取ることもできそうです。純真な少年ネロを追い詰めたものは何だったのかを、振り返りたいと思います。
あまりにも一途すぎた少年ネロ
英国の女性作家ウィーダによって、1872年に児童文学『フランダースの犬』は誕生しました。英国で出版されたため、物語の舞台となったベルギーではあまり知られていないそうです。ネロとパトラッシュの物語は、次のような内容です。
19世紀のベルギー北部フランドル地方にある農村で、ネロ少年はジェハンおじいさんと暮らしていました。両親はネロが幼い頃に亡くなっています。あるとき、ネロは金物屋に虐待された挙句に捨てられた大型犬パトラッシュを助けます。ネロに介抱されたパトラッシュは元気になり、おじいさんの牛乳運びを手伝うようになります。貧しいながらも、大好きなおじいさんとパトラッシュに囲まれて、ネロは幸せな日々を過ごします。
ネロには絵を描く才能がありました。幼なじみの女の子・アロアをモデルにスケッチを描きますが、村一番の金持ちであるアロアの父親・コゼツはひとり娘が貧乏人と仲良くしていることが面白くありません。しかし、アロアの絵がとてもよく描けていたことから、ネロに絵の駄賃として銀貨を与えようとします。このとき、ネロは「アロアの姿をお金に換えることはできない」と銀貨を受け取ることを拒否するのでした(第24話)。
ネロの純粋さ、一途さを象徴したエピソードですが、その一途さは悲劇的な最終回の要因にもなってしまいます。